ここまでのところでも示してきたように、IPSでは相互性(お互いにということ)を追求しています。お互いに自分の責任を引き受け、共に学び成長する関係を築くことに関心があります。その関係の中では、それぞれがありのままの自分であり、その場に深く関わり、偽りのないコミュニケーションを心がけます。そして、どちらもが会話から影響を受け、自分が変わることに心を開いています。自分の世界観こそが唯一のものだという思い込みに気づき、経験の意味づけの仕方は一通りではないことを受けいれ、お互いにとっての真実を尊重し合うことのできる関係です。
また、相互性のある関係の特徴として、双方にとって関係がうまくいっているということがあげられます。関係が双方向ではなく一方向であるとき、それは相互性のある関係とはいえないのです。関係を保ったり深めたりすることに、どちらか一方だけが努力するのではなく、お互いが自分のパート(役目)を引き受けることが求められます。自分のパートを引き受けるとは、自分の感情と反応に気がついていて、自分の感じたこと、自分が必要としていることを、偽らずに、そして、相手の人が聴けるような仕方で伝えることです。これは、思ったより難しいことです。例えば、次のような状況では、どのような会話になるだろうかを思い浮かべてみてください。
(状況説明)
太郎さんと花子さんは、アパートで共同生活をしています。太郎さんは家で仕事をしていて、花子さんは、残業のある忙しい職場に勤めています。家賃は二分し、共同部分の掃除は交代でやり、食事の準備や後片付けは各自で行うこと、という取り決めをしていました。はじめはうまく行っていたのですが、しばらくして、花子さんの使った食器が流し台に置かれたままになっていることが多くなり、太郎さんはそれが気になっていました。太郎さんは、自分が食事をした後に、自分の分と一緒に花子さんの使った食器も洗っていたのですが、それが毎日のようになり、怒りを感じ始めています。 太郎さんは、こんなふうに、花子さんに怒りをぶつけるかもしれません。
「忙しいのはわかるけど、お皿を洗うくらいの時間はあるんじゃないの。」「こっちには時間があるから、僕がやればいいと思っているの?」花子さんも、言いたいことがあったかもしれません。「後でやろうと思っているのに、太郎さんが、勝手に私の分も洗ってしまっているんじゃない。」 あるいは、太郎さんは、自分のパートを引き受けるというアプローチをとり、花子さんに次のように、話を切り出すことができるかもしれません。
「花子さん、ちょっと言いにくいことなんだけど、花子さんが使った食器を流し台に置いたままにしていることがあって、僕としては、それが気になるんだ。花子さんは忙しいから、すぐにやる時間がないのかもしれないのだけれど。でも気になってしまうので、自分の分と一緒に洗っていたんだけど、段々、そうすることに不満を感じるようになってきてね。それで、花子さんは、このことに気がついているかなあと思って。もし、気がついていたら、どう感じていた?」
太郎さんはこの会話を、二人の役割について、花子さんが何らかの思い込みをしているという前提からは始めませんでした。その代わり、この状況について、それぞれの筋書きがあるのだろうと思い、太郎さんは、花子さんの見方を聴かせてもらうために、自分の見方を伝えています。花子さんが、このことについて安心して話せると感じていたら、自分の感じていたことを偽りなく伝えてくれるでしょう。この会話は、ここから、いろいろな方向に進む可能性があります。「食事の後片付け」についての見解の違いや、二人の役割について、それぞれがどう思っていたのかも、明らかになるかもしれません。
相互的な関係の会話は、上の例に見られるように、自分の判断・批判を保留して、相手の世界観に心を開き、お互いの世界観の橋渡しをするような会話です。私たちには、自分のパートを引き受けることしかできませんが、相手の人との十分なつながりができていれば、相手の人もその人が感じたこと、必要とすることを偽りなく伝えてくれるような会話に招き入れることができるでしょう。
また、相互性には、パワー(力、権力、権威)の問題が深く関わっています。パワーは関係の中でその影響力を発揮します。つまり、押す人と受ける人がいて成立するものです。例えば、上であげた状況で、太郎さんが親で、花子さんが子どもだったとしたらどうでしょう。太郎さんが花子さんに「洗い物を片付けなさい」と言い、それを花子さんが聞き入れたとしたら、そこにパワーが働いたことになります。(一般的には)親子関係はパワーが行使されやすいだろうと想像できます。そうであったとしても、そこにどのような力関係が働いているかに気づき、明らかにし、自分のパートを引き受ける会話ができれば、相互性を持ち込むことができるはずです。そのほかにも、一方が自分の世界観を相手に押し付けるようなパワーが働きやすい関係は数多く存在します。例えば、一方が専門家とみなされている援助関係や、会社組織の上司―部下の関係など。役割に伴う明確なパワーの働き、あるいは、役割のあるなしに関わらず隠されたパワーの働きに意識を向け、それを話題にすることが、相互性を築くために大切なことです。