成長と変化の機会としての危機状況(クライシス)

 インテンショナル・ピアサポート(IPS)では、危機(クライシス)に対して根本的に異なるやり方で対応します。人々が経験していることについての思い込みを持ち込みません。お互いに体験や対処の方法、理解の仕方を比べることがあるかもしれません。しかし最終的にそれに名前をつけ治療する権限を持っている人は、誰もいません。学び、成長し、そして人と関わりを持ち続ける機会として、危機(クライシス)に敬意を払います(それが最も重要なことです)。そして、とても困難なときを経験している人と、次のことを意識して、その場を共有します。

 相互的な関係を築くこと。たえず関係のあり方をさぐっているときにのみ、お互いに対する敬意と信頼を築くことができます。私たちは、双方がニーズと信頼できる知識とを持っていると感じているときに、弱さを隠さず、丸ごとの自分を示すことを通して、お互いから学ぶことができます。そこでは、関係の中でリスクをとり、古い役割と思い込みを捨て、それまで存在しているとは知らなかった自分や、関係性の発見への扉を開けるのです。

  • “大きな”感情と一緒にいること。私たちの社会は、激しい、あるいは“大きな”感情に対して、あまり寛容度の高い文化ではありません。そのような感情を目にすると居心地が悪く感じるので、その人を落ち着かせ、感情をおさえるように働きかける傾向があります。IPSでは、人々は強い感情をもつことがあり、そのすべてが危険なわけではないし、実際にはとても豊富な情報を備えたものだということが理解できます。
  • “語り(ストーリー)”を理解すること。つらい経験をしている人に対して、どんなふうに具合が悪いのかを聞いていることが多いようです。例えば、もし、「何があったのですか?」と聞いたらどうなるでしょう?その人が自分の体験をどのように捉えているかによって、その経験の意味づけの仕方が左右されるのだとわかり始めるかもしれません。
  • “語り(ストーリー)”の理解の仕方を共有すること。ピア同士の関係における最も価値のある側面は、お互いに自分の体験を共有できることです。これらの経験をしているのは自分だけではないと初めて気がついたとき、何が起きるかに驚かされます。私たちは、それぞれが自分についてどのように学んできたかに耳を傾けることができ、出来事の全体を考慮した方策を共有することができます。
  • 現在の語り(ストーリー)に問いかけをすること。信頼関係ができ、双方が主体的に関わる関係を築いているとき、私たちは、それぞれが自分の経験をどのように意味づけてきたかについて、お互いに問いかけをし始めることができます。自分にとって何が役に立ち、何が役に立たないのかを振り返ることを、お互いに促すことができます。多分、私たちは、“再発”し始めているのではないのです。もしかしたら、怒るのが当たり前の状況で、それを表現する方法を知らなかっただけなのかもしれません。私たちは自殺念慮のある抑うつなのではないのかもしれません。自分のせいだと信じるようになった出来事に対して、とても強い恥と罪悪感を感じているだけなのかもしれません。人々がお互いの語り(ストーリー)を比べ、共有するとき、必然的に新しい語りが形成され、関係が深まります。
  • 新たな共有された語りを作ること。関係が深まるにつれて、わたしたちはより多くのリスクをとり、弱さをみせ、これまで知らなかった物事の見方を試してみるようになります。自分の信念や思い込みを意識的に検証し、関係の中で、新しいやり方を試し続けます。私たちは関係性の中で成長していることに気がつきます。固定した役割はないので可能性に限界はありません。弱くもあり強くもあり、助ける側であったり助けられる側であったりする機会をもっています。人が私たちをみて希望を見出し、新しいリスクをとるようになっていることを発見します。

 ピアサポートは癒しの文化です。もっとも困難なときにも、そこに一緒にいる新しいやり方を試してみることで、古いパターンを破り、新たな機会を生み出し、無限の可能性が広がります。危機(クライシス)はそのとき、自分たちの経験と自分自身を再定義する言葉となり、私たちは閉じ込められる代わりに自由になることができるのです。

 

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