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	<title>Intentional Peer Support</title>
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	<description>「意図的なピアサポート」を考える取り組み</description>
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		<title>シェリー･ミードIPSワークショップ: 実践に関して【文字起こし】</title>
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		<pubDate>Tue, 08 May 2012 12:49:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文字起こし]]></category>

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		<description><![CDATA[【この文章の元になった講演の動画は → こちらのページで視聴できます。本文はワークショップの文字おこしの翻訳に若干の修正を加えたものです。】 ワークショップ２日目 実際にこれをどのようにして行うかということについて、より明確にしたいと思います。昨日、お話したことは、いろいろな意味で理想を語っています。もし世の中がこんなふうだったら、人々がこんなふうにコミュニケーションができたら、ずっと住みやすい世界になるのにというふうな。なかなかそうはならないのは、私たちがコミュニケーションの仕方を、これをどう実践するのかを知らないからです。（訳注：ここまでの語りはビデオには含まれていません。） &#160; ピアサポート・プログラムの理念として、いかにすばらしい文言が掲げられていたとしても、自分の知っているやり方を繰り返し、サービス提供者のような関係性に陥りがちです。これから私がしていることをお話ししますが、まず、皆さんは現在、自分のところで、実際にピアサポートの実践が行われるようにするために、どのようなことをしていますか？ピアサポートの関わり方をどんなふうに教えていて、ピアサポートの価値基準を維持するために、どのような手立てを用いていますか？あるいは何もしていないですか？ &#160; 実際のやりとりの一言一言思い出して、それをグループに持ち寄って、「私がこうした時、これはピアサポートだったろうか？」という話をします。ピアサポートになっていたかどうかを見極める力をつけます。例えば、私がピアスペシャリストだったとして、例えばピア・ブリッジ(精神病院から退院してくる人とピアサポートをするプログラム）で働くピアということにしましょう。そこで私が相手の人に「薬は飲むべきですよ」と言ったとしたら、それはピアサポートの発言でしょうか？ピアサポートの関わり方でしょうか？全く違います。ピアサポートになっているかどうか、微妙なところも見極められるようになりたいと思います。これは良い･悪いということではありません。だた、自分に気がつくようになることです。ピアサポートの価値基準は何であるか、ピアサポートを維持するために何が必要かを理解するだけでなく、それをどうやって教え、維持し、評価し、監督(スーパービジョン）するかについても明らかにしておくことが大切です。監督するという言葉を使っていることを非難されることがあります。これは悪い言葉らしいです。それはみなさんがひどい上司をもったからでしょう。私が受けた監督の経験はいつもすばらしいものでした。 &#160; これからお話しすることは、このような会話が文化となることをどのようにサポートできるかについてです。それから評価について、私の取り組みを少しお話します。このような文化をどのように維持するかについてです。自分たちのやり取りの例をあげ、あなたのピアセンターでの関心事をお聞かせください。質問をしてください。これを実践的なものにして、これらのやり方を持ち帰って、自分たちのものにすることができればと思っています。 &#160; 違った聴き方（１）  ”知らない”という立場から聴く。  ”語られていないストーリー”に注意を払う。  意味を探索する問いかけをする。 それはどういう意味なのか教えてもらえますか？ それは～ということなのでしょうか。 そう思うようになったのはどうしてなのでしょう？  どういうわけで、ｘｘがそんなにｘｘ(例：きつい、恐ろしい）なのでしょう？ &#160; 昨日、違った聴き方について、少しお話しました。これはとても大事なところだと思います。積極的な傾聴については誰もが教えています。前かがみになる、注意を払う、余計なことを考えない、身振りを意識するなど、これはどれもよいのですが、悪いことはないのですが、これだけでは十分ではないと思っています。なぜなら、昨日ジャッキーが言っていた個人の文化、私が昨日一日中話していたこと、つまり、より大きなストーリーを開くためには、これだけでは十分ではないからです。相手の人が今この話をしている、そこにいたるまでに起きていた全ての事柄に耳を傾けるということです。 &#160; 昨日も言いましたが、照らし合わせる観点から、話を聴き始めたくなります。例えば、「私も入院したことがあるから、あなたがどんな経験をしてきたか正確に理解できます。」と言ったとしたら、それはありえないことです。なのですが、そこは紙一重の違いです。あなたが同じような経験を持っていると、相手の人は聴いてもらえていて、受け止めてもらえたと感じることに仕掛けがあります。　例えば、ピアサポートに初めてきた人に、自分のストーリーを少し話しただけで、その人の顔がぱっと明るくなったという経験がありませんでしたか？ &#160; 経験から聴くこと、自分の経験に響かせてわかること、つながりをつくることで違った会話への扉を開きます。そして、一歩引いて、『知らないという立場』から聴きます。それはどんな類のことに耳を傾けるということでしょうか？ &#160; 参加者の発言：分析、評価などをしないで聴く。 参加者の発言：自分の判断で言っているのか、人から言われたことを、そのまま信じて言っているのかを考えながら聴く。 シェリー：その人は、どのようにして、そういうストーリーを語るようになったのか。そこにいたるまでに何があったのかを聴くということ。 シェリー：聴くということには見ること、聴くこと、それを解釈することも含まれます。普段使っていない意識の向け方をする集中した会話です。そういう聴き方にはどのようなことが含まれているでしょうか？ &#160; 身振りや気持ちを聴くことも含まれます。例えば、もし誰かが、「そうだね、私はいつもたいてい幸せだったし、この病院は、とってもいいところだよ。」と言ったとしたら（沈んだ声や表情で）、あなたはそこからどのようなことを聴き取りますか？ &#160; (合致していない）合致していない。そうしたら、「この病院はいいところだと言っていながら、あなたは沈み込んでいるように見えたのですけれど、どういうことなのかなと思って・・・」そこから違った会話が展開するでしょう。言葉だけを聴いているのではありません。 &#160; 違った質問をすることについて。 &#160; 意味を探索する問いかけをすることが大事だと思っています。自分の経験をどのように語るのか、経験をどんなふうに理解しているのかについて、人々がそれを考えなおす手助けをする義務が、私たちにはあると考えています。例えば、誰かがあなたのところに来て自己紹介をするとき、「シェリーです、私は双極性障害です。」と言ったとしたら、あなただったら何と言いますか？どう応えますか？ &#160; 参加者：　「私は人間です。」と言う。でも、そうすると混乱した顔になる。 シェリー：　その人は精神保健の文化に慣れているので、混乱するのでしょうね。 参加者：　地球にようこそ。 参加者：　双極性障害って、どういう意味ですか？ シェリー：　まさしく。双極性障害って、どういう意味ですか？あなたにとって、それはどういうふうな経験なのか、教えてもらえますか？ &#160; そうすると、こういう答えが返ってくるかもしれません。「あなたは私たちの仲間だと思っていたのに。」「私の経験をわかってくれると思ったのに。」そうしたら、何と言いますか？ &#160; （経験はそれぞれ違うから） &#160; まさしく。「その経験があなたにとってどんな意味なのか、理解したいと思うのです。」 「その言葉がどんなことを意味するのか教えてほしい。」というふうに質問をすることは、「その言葉の意味することは、なんとなくわかります。でもそれがあなたにとって意味することを理解したいのです。」と、敬意を持って聞くことになると思います。押し付けがましい聞き方ではなくて。ピアの間でも、こちらの見方を押し付けるような会話に陥ることがあります。ピアプログラムで繰り返し耳にするのは、「シェリーです。双極性障害です。」に対して、「ここではそういう言葉遣いはしていません。」と応えていることです。それは即座に人を黙らせるでしょう。それは敬意を表していません。妥当なことだとも思えません。 参加者：　初めて診断名を聞いたとき、ほっとする人が多いようです。自分の経験していることは得体の知れないことでなく、名前がついていたのだとわかって。その段階にいる人に対しては、それを受け止めることが大事だと思う。それから、どうやって、次の段階に向かわせるか、じゃないでしょうか。 シェリー：　ピアの先輩が、その人を次の段階に導く手助けができるということですね。そのことについてですが、 私たちがすべきことは、もし実際に相互的な関係性であろうとするならば、ただ単に、「最初に診断名を聞いたとき、それは私にとっても助けになりました。ただ、(病気として）自分に起きることだという見方は、今では私には役に立たなくなりました。」と言うことです。「あなたは今はそう思うだろうけど、そこから抜け出すことのお手伝いをしますよ。」と言うのではなくて。この二つの語りの違いが見えますか？それが相互性で、一つ目の語りをすると、相手の人はあなたのストーリーに応じて、「それはどういうこと？」と聞くかもしれません。そうしたら、専門家ー患者といった関係性とは、かなり違った会話が始まります。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この文章の元になった講演の動画は → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/24/">こちらのページ</a>で視聴できます。本文はワークショップの文字おこしの翻訳に若干の修正を加えたものです。】</p>
<h2>ワークショップ２日目</h2>
<p>実際にこれをどのようにして行うかということについて、より明確にしたいと思います。昨日、お話したことは、いろいろな意味で理想を語っています。もし世の中がこんなふうだったら、人々がこんなふうにコミュニケーションができたら、ずっと住みやすい世界になるのにというふうな。なかなかそうはならないのは、私たちがコミュニケーションの仕方を、これをどう実践するのかを知らないからです。（訳注：ここまでの語りはビデオには含まれていません。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ピアサポート・プログラムの理念として、いかにすばらしい文言が掲げられていたとしても、自分の知っているやり方を繰り返し、サービス提供者のような関係性に陥りがちです。これから私がしていることをお話ししますが、まず、皆さんは現在、自分のところで、実際にピアサポートの実践が行われるようにするために、どのようなことをしていますか？ピアサポートの関わり方をどんなふうに教えていて、ピアサポートの価値基準を維持するために、どのような手立てを用いていますか？あるいは何もしていないですか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実際のやりとりの一言一言思い出して、それをグループに持ち寄って、「私がこうした時、これはピアサポートだったろうか？」という話をします。ピアサポートになっていたかどうかを見極める力をつけます。例えば、私がピアスペシャリストだったとして、例えばピア・ブリッジ(精神病院から退院してくる人とピアサポートをするプログラム）で働くピアということにしましょう。そこで私が相手の人に「薬は飲むべきですよ」と言ったとしたら、それはピアサポートの発言でしょうか？ピアサポートの関わり方でしょうか？全く違います。ピアサポートになっているかどうか、微妙なところも見極められるようになりたいと思います。これは良い･悪いということではありません。だた、自分に気がつくようになることです。ピアサポートの価値基準は何であるか、ピアサポートを維持するために何が必要かを理解するだけでなく、それをどうやって教え、維持し、評価し、監督(スーパービジョン）するかについても明らかにしておくことが大切です。監督するという言葉を使っていることを非難されることがあります。これは悪い言葉らしいです。それはみなさんがひどい上司をもったからでしょう。私が受けた監督の経験はいつもすばらしいものでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これからお話しすることは、このような会話が文化となることをどのようにサポートできるかについてです。それから評価について、私の取り組みを少しお話します。このような文化をどのように維持するかについてです。自分たちのやり取りの例をあげ、あなたのピアセンターでの関心事をお聞かせください。質問をしてください。これを実践的なものにして、これらのやり方を持ち帰って、自分たちのものにすることができればと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>違った聴き方（１）</strong></p>
<ul>
<li> ”知らない”という立場から聴く。</li>
<li> ”語られていないストーリー”に注意を払う。</li>
<li> 意味を探索する問いかけをする。</li>
<ul>
<li>それはどういう意味なのか教えてもらえますか？</li>
<li>それは～ということなのでしょうか。</li>
<li>そう思うようになったのはどうしてなのでしょう？</li>
<li> どういうわけで、ｘｘがそんなにｘｘ(例：きつい、恐ろしい）なのでしょう？</li>
</ul>
</ul>
</blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>昨日、違った聴き方について、少しお話しました。これはとても大事なところだと思います。積極的な傾聴については誰もが教えています。前かがみになる、注意を払う、余計なことを考えない、身振りを意識するなど、これはどれもよいのですが、悪いことはないのですが、これだけでは十分ではないと思っています。なぜなら、昨日ジャッキーが言っていた個人の文化、私が昨日一日中話していたこと、つまり、より大きなストーリーを開くためには、これだけでは十分ではないからです。相手の人が今この話をしている、そこにいたるまでに起きていた全ての事柄に耳を傾けるということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昨日も言いましたが、照らし合わせる観点から、話を聴き始めたくなります。例えば、「私も入院したことがあるから、あなたがどんな経験をしてきたか正確に理解できます。」と言ったとしたら、それはありえないことです。なのですが、そこは紙一重の違いです。あなたが同じような経験を持っていると、相手の人は聴いてもらえていて、受け止めてもらえたと感じることに仕掛けがあります。　例えば、ピアサポートに初めてきた人に、自分のストーリーを少し話しただけで、その人の顔がぱっと明るくなったという経験がありませんでしたか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>経験から聴くこと、自分の経験に響かせてわかること、つながりをつくることで違った会話への扉を開きます。そして、一歩引いて、『知らないという立場』から聴きます。それはどんな類のことに耳を傾けるということでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>参加者の発言：分析、評価などをしないで聴く。</p>
<p>参加者の発言：自分の判断で言っているのか、人から言われたことを、そのまま信じて言っているのかを考えながら聴く。</p>
<p>シェリー：その人は、どのようにして、そういうストーリーを語るようになったのか。そこにいたるまでに何があったのかを聴くということ。</p>
<p>シェリー：聴くということには見ること、聴くこと、それを解釈することも含まれます。普段使っていない意識の向け方をする集中した会話です。そういう聴き方にはどのようなことが含まれているでしょうか？</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>身振りや気持ちを聴くことも含まれます。例えば、もし誰かが、「そうだね、私はいつもたいてい幸せだったし、この病院は、とってもいいところだよ。」と言ったとしたら（沈んだ声や表情で）、あなたはそこからどのようなことを聴き取りますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>(合致していない）合致していない。そうしたら、「この病院はいいところだと言っていながら、あなたは沈み込んでいるように見えたのですけれど、どういうことなのかなと思って・・・」そこから違った会話が展開するでしょう。言葉だけを聴いているのではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>違った質問をすることについて。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>意味を探索する問いかけをすることが大事だと思っています。自分の経験をどのように語るのか、経験をどんなふうに理解しているのかについて、人々がそれを考えなおす手助けをする義務が、私たちにはあると考えています。例えば、誰かがあなたのところに来て自己紹介をするとき、「シェリーです、私は双極性障害です。」と言ったとしたら、あなただったら何と言いますか？どう応えますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>参加者：　「私は人間です。」と言う。でも、そうすると混乱した顔になる。</p>
<p>シェリー：　その人は精神保健の文化に慣れているので、混乱するのでしょうね。</p>
<p>参加者：　地球にようこそ。</p>
<p>参加者：　双極性障害って、どういう意味ですか？</p>
<p>シェリー：　まさしく。双極性障害って、どういう意味ですか？あなたにとって、それはどういうふうな経験なのか、教えてもらえますか？</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうすると、こういう答えが返ってくるかもしれません。「あなたは私たちの仲間だと思っていたのに。」「私の経験をわかってくれると思ったのに。」そうしたら、何と言いますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>（経験はそれぞれ違うから）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まさしく。「その経験があなたにとってどんな意味なのか、理解したいと思うのです。」<br />
「その言葉がどんなことを意味するのか教えてほしい。」というふうに質問をすることは、「その言葉の意味することは、なんとなくわかります。でもそれがあなたにとって意味することを理解したいのです。」と、敬意を持って聞くことになると思います。押し付けがましい聞き方ではなくて。ピアの間でも、こちらの見方を押し付けるような会話に陥ることがあります。ピアプログラムで繰り返し耳にするのは、「シェリーです。双極性障害です。」に対して、「ここではそういう言葉遣いはしていません。」と応えていることです。それは即座に人を黙らせるでしょう。それは敬意を表していません。妥当なことだとも思えません。</p>
<blockquote><p>参加者：　初めて診断名を聞いたとき、ほっとする人が多いようです。自分の経験していることは得体の知れないことでなく、名前がついていたのだとわかって。その段階にいる人に対しては、それを受け止めることが大事だと思う。それから、どうやって、次の段階に向かわせるか、じゃないでしょうか。</p>
<p>シェリー：　ピアの先輩が、その人を次の段階に導く手助けができるということですね。そのことについてですが、</p></blockquote>
<p>私たちがすべきことは、もし実際に相互的な関係性であろうとするならば、ただ単に、「最初に診断名を聞いたとき、それは私にとっても助けになりました。ただ、(病気として）自分に起きることだという見方は、今では私には役に立たなくなりました。」と言うことです。「あなたは今はそう思うだろうけど、そこから抜け出すことのお手伝いをしますよ。」と言うのではなくて。この二つの語りの違いが見えますか？それが相互性で、一つ目の語りをすると、相手の人はあなたのストーリーに応じて、「それはどういうこと？」と聞くかもしれません。そうしたら、専門家ー患者といった関係性とは、かなり違った会話が始まります。</p>
<blockquote><p><strong>違った聴き方（２）</strong></p>
<ul>
<li>受け止める（問題解決に走るのではなく）</li>
<li>役に耳を向けて聴く</li>
<li>素の自分であること</li>
<li>現実について交渉する</li>
<li>偽りのない、率直で、敬意を示したコミュニケーション</li>
<li>”犠牲者から人”へのストーリーを共有する。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>ここに『受け止めること』と書きました。みなさんはすでにこれについてはよくわかっていると思います。ですが、私が研修をしていて、とても頻繁に耳にするのは、受け止めることをしていない会話です。誰かが助けを求めにやってきて、「生活はぐちゃぐちゃで、私は完全に打ちのめされていて、年金も使いこんでしまったし、どうしたらいいかわからない。」と言う人に対して、あなたはどんな対応をしがちですか？ありがちなのはどんな応え方ですか？私がよく聞くのは、「じゃあ、何とかしましょうよ。どうしたらよいと思いますか？」これは、全く、その人のことを聴いていません。あなたが大ヒーロー、問題の解決者になりたいからです。私たちのしたいことは、問題の解決だけではないという点を強調する必要があります。最終的に、誰かが自分の望むことに向かい始めたら、それはすばらしいことですが、問題解決の立場から始まると、関係はどのようになってしまうでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>（サービス提供者）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうですね、それで、必ずしも依存ではないかもしれないけれど、私の問題を私と一緒に解決してくれるのが、あなたの役割だという思い込みが出来るでしょう。なので、まず「今、大変みたいですね。」と言います。他にどんなことを言うでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>（「状況をよくするために、どうしたらいいと思いますか？」）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なるほど、それで、次に問題解決に進むのですね。そこのところを指摘しておこうかなと思って。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「大変でしょうね。」「力尽きるような感じでしょうね。」「疲れ果てるね。」もしくは「怖い気持ちがしているでしょう。」など。言葉で表現されてはいない何かを聴き取ったら、それを伝えます。そうすると、相手の人は「そうですね、もうただ、疲れてしまって。」と言うかもしれません。それで、そこから話が展開します。「疲れているとき、どんな気持ちになるのですか？　疲れているのは私にとっては怖いことの一つです。身を置いていたい場所ではありません。」それで、あなたは私のことを少しわかります。昨日、私が疲れていたときの様子をみなさんも目にしましたよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>相手の人の気持ち、経験を受け止めることを忘れないようにしましょう。人々はいろいろな経験をしてきています。もし私たちが即座に問題解決に走ったとしたら、ピアの関係を問題解決の関係として意味づけることになります。みなさんはもうご存知だと思います。あなたのところで、問題解決をしている人がいたら、ここに立ち返って、修理することに飛びつくと、関係や会話がどんな展開になるかを聞いてみてください。そうして、人々の関わりの中で自分たちがしていることを意識化できるように働きかけてください。みなさんは、リーダーシップを取る立場で、ピアスタッフを教えることが出来ると思うからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>役に耳を向けて聴くことが出来ると思います。この表現が適切かどうかわかりませんが。例えば、もし誰かがあなたのところに来て、「大量服薬しようと思っている。」と言ったとしたら、それはどのような役柄からの発言でしょうか？違う例にしましょう。「私は仕事なんて無理です。私は病気が重いから。私はあなたとは違うのです。」これはどんな役柄からの発言ですか？どんな役に閉じ込められてますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ある種の犠牲者の役ですね。人々が陥いっている役柄に気がついているようにしたいです。精神病患者の役割は繰り返し登場します。とくに強力な役です。それは学習したプロセスです。このような会話をするように学んできたのです。どの会話もこうして始まるので。だとすると、そのような発言に対して、まず、その人の言っていることを受け止めて、それから「私も以前はそう思っていて、自分には何も出来ないと思っていたときがありました。それから、ｘｘｘ」というような、あなたのストーリーを話すことが出来るでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あなたには理解できないところに、誰かがいるとき、あなたはどうなりますか？誰かといて、とても居心地が悪かった経験がありますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以前私が運営していたプログラムに来ていた友達ですが、数週間に一度くらい、息せき切って、ものすごい早口で、私には単語さえも理解できない、私には外国語のように聞こえる言葉を使い、文がつながらない話をすることがありました。それで私は彼がそんなふうな時、「あなたとこの場に一緒に居ることはできます。あなたが言っていることを完全に理解することはできないけれど、ｘｘ分間だったら、人間ができうる限りを尽くして、ここに居ることはできます。」と伝えました。彼の話はとても大きくて、２０分以上は聴いていることができなかったので、それを彼と合意しました。私は確かに、彼の痛みを感じることができたし、比ゆが聴き取れたし、彼の感じている絶望がわかりました。そして、関係性の責任を引き受けて、彼と交渉しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それは現実ではないと伝えるのか、それともその話に同意するのかということが問題なのではなく、どのようにこころを通わせ、つながりを保つのか、それが本当に大切なところです。グループでも同じことです。「その話を５分間は聴くことが出来ます。でもグループの時間でもあるので。あなたはどんなことが言いたのでしょうか。それを言ってみてください。」と伝えることができるでしょう。それからグループの文化としてつながりを作るようにし、また、相互性も保つようにします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>正直であることは特に難しいあり方です。特に、「正直なところ・・・」というのが気まずいときには。お互いに、腫れ物に触るようにすることがありますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>(誰かが、クライシスのようなときは、特に難しいです。正直に言うと、その人が傷ついて、クライシスがひどくなるのではないかと思うから。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>クライシス状況のことについて話したいことがあります。クライシスを前提として、その言葉で話している限り、(病気が悪くなる）段階に焦点をあてている限り、これはメアリーエレンとも話をすることですが、そうすると、サービスの関係に陥る危険があります。なので、率直な、偽りのない、敬意を示したコミュニケーション、つまり、誰かに「あなたはｘｘすべきです。」というのではなく、「自分にはｘｘに見ていて、これが私の感じていることで、これが私の必要としていることです。」と伝えます。くりかえしになりますが、やり取りをすること、正直に、見たこと、感じたこと、必要としていることを伝えることです。いろいろなやり方があります。クライシスかクライシスでないか、という考え方から抜け出すべきだと思います。誰でも激しさの流れに出たり入ったりしているのだと思います。たぶんみなさんも、昨日、私がそうしているのを目にしたかもしれません。それをクライシスと呼んでいる限り、その時期その人は壊れやすいと思い、それが施設化される可能性があります。レスパイト･プログラムに滞在する、クライシスの時期に入るというように。これは私たちの側の思い込みです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>（”犠牲者から人になった”ストーリーを話すということについて、もう少し説明してもらえますか？）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ピア･スペシャリストの役割になると、人々が指示をし始めることを目にしてきました。それで、誰かが行き詰まっていると、よく、こう言っていることに気がつきました。「WRAPをしたらいいのに。こうすれば、ああすれば。」そうして、すぐに指示的になって、上下関係になります。誰かが、自分もかつてそれを経験したことのある役に陥っていると思ったときは、こういう話をするチャンスです。「入院していたとき、私はこれこれから出られなくなっていて、そのためにこんなふうだった。でも、こんなふうにし初めて、それをするのはとても大変だったけど、それで今はこうなっている。」これは挑戦というか、ストーリーを競い合わせるというのではありません。道徳的なストーリーを語るのでもありません。つながりをつくることができるところです。「あなたの話は、私にはこんなふうに聞こえました。あなたの話を聞いていて、私にも、それに通じる経験があったことを思い出しました。それは、これこれこういうことで、あなたもそんな感じでですか？」というような会話が出来るでしょう。そして、相手の人が、これまで存在するとは知らなかった可能性を示すことです。例えば、診断名の話に戻ると、もし私たちが「私は双極性障害です。」と言う人に、これはもっと長い会話なわけですが、「私にとって、そのラベルがとても大切だったときがありました、それで・・・。」というような会話をします。その会話で、その人がこれまで知らなかった知識の可能性が開かれます。「診断名で語るのは古い考え方だ」というような指示的な言い方ではなくて。</p>
<blockquote><p><strong>望むことに向かう</strong></p>
<ul>
<li>あなたは何を望んでいますか？</li>
<li>今、あなたが信じていることは、望んでいることの支えになりますか？</li>
<li>望むことを手に入れるためには、どのようなことを信じる必要があると思いますか？</li>
<li>どんなふうな感じでいたいですか？</li>
<li>そういう感じになれたら、どんなことが出来ると思いますか？</li>
</ul>
</blockquote>
<p>これは昨日もお話しましたが、望むことについて誰かと一緒に取り組んでいるときとても役に立つ問いかけです。多くの人は、いやなことから遠ざかろうとするということにいて昨日、お話しました。それが精神保健の文化です。問題に意識が向けられていること。なので、望んでいることに向かう助けとなる会話をするのはたやすくはありません。私はこの問いかけが好きです。誰かにこう聞かれたことがある人はいますか？うつ、不安の項目の質問をされているとき、「どんなふうな感じでいたいの？」と誰かから聞かれたことがありますか？「そんな感じになれたとしたら、どんなことが出来ると思う？」これは会話を変えます。診断評価されるときは、「気分はどうですか？抑うつですか？自殺を考えていますか？薬は飲んでいますか？」と聞かれて、地面に沈んでいくような感じがするでしょ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>（トラウマの経験を聴けないときがあります。自分のトラウマの経験がよみがえってくるので。トラウマのストーリーを聴くことを扱えるように、誰かの助けを受けることが必要だと思う。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あなたに同意するし、気がかりなこともあります。どうしてかというと、私も、とても生生しい経験を語る人のことをどうしても聴けないときがあります。身につまされすぎるから。そういうときは、「今日、今はその話が聴けません。明日はたぶん、聴けると思う。」と伝えます。一方で心配しているのは、「あなたが私の引き金になっている。」ということをよく耳にすることです。それはとても危険で、私はそれがとても気がかりです。人々がようやく、トラウマの経験を語り始めたら、私たち自身がその人たちを責め始めるということが、頻繁に起きています。「あなたが私の引き金になっている。」「あなたが私のトラウマになっている。」と。”身代わりの（二次的な）トラウマ”という考えについて、とても慎重になるべきだと思います。しっかりと意識していなければ、人々を責めることに逆戻りしてしまいます。</p>
<blockquote><p><strong>相互性：助けについて再定義する</strong></p>
<ul>
<li>どちらの人のニーズも心に留めておく。</li>
<li>お互いの”専門性”を尊重する。</li>
<li>どちらにとってもの学びに対する期待を持ち続ける。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>問題に焦点をあてた会話から遠ざかること、ギアを入れ替えて、お互いが学ぶことを常に期待しているとしたら、会話の意図が変わります。昨日もお話しましたが。わかりますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これについて質問のある方、いらっしゃいますか？なければ、評価と監督(スーパービジョン）の話に移りたいと思います。</p>
<blockquote><p><strong>ピアサポートの価値基準<br />
</strong></p>
<ul>
<li> ”医学的”な枠組みを用いない</li>
<li>対処や現状維持ではなく進化</li>
<li>問題に焦点をあてるのではない見方</li>
<li>素のコミュニケーション</li>
<li>本当のコミュニティを作る</li>
<li>パワーの共有･責任の共有</li>
<li>助けは双方向に行き来する</li>
</ul>
</blockquote>
<p>”ピアサポートの独自性は何か”に関す論文で取り組んでいる価値基準のいくつかをここに挙げました。私たちが同意できる価値基準があれば、ピアサポートに独自性をもたせ、他から際立ったものにすることができます。そのために極めて本質的な事柄を明らかにします。そうすれば、その価値基準が実践されているかどうかに気づき、それが実践されているとしたら、どのような形で現れ、どのように聞こえ、どの様な感じがするのかがわかってくるでしょう。したければ、それを測ることも出来るでしょう。そうすることで、プログラムや、グループの言動において、関わりの在り方が価値基準に基づいているか、それとも、そこから離れているかに気がつくことが出来ます。それが知識を蓄積するための唯一の方法だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これらをみていきましょう。例えば、誰かが医学的な枠組みを持ち込んでいるかどうか、わかるでしょうか？これは簡単ですね。これをピアサポートの本質的な基準にすることに同意しますか？こういうことを、皆さんのところでも話題にすることができるでしょう。私の言葉通りに受け取らないでください。これらは私がでっち上げたものだから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>(どういう意味かよくわからないけど）<br />
分析的な視点をもちこまないで聴くこと。医学的なレンズ、枠組みを通さないで聴くこと。それに基づいた決め付けをしないこと。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>進化に焦点をあてる。これは、個人的な結果、個人的な成長に焦点をあてるのではなく、関係性、システムの成長、コミュニティの成長、社会変革に焦点をあてるという意味です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちがすべきことは、人をどうこうすることではありません。口にしていることを実行します。好奇心にあふれ、興味深い会話に引き込み続け、口にしていることを実行する。そうしたら、それが文化になっていくでしょう。ですが、私たちの動機が誰かを変えることだとしたら、サービス提供の関係性になってしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>素の人としてのコミュニケーション。これはどういう意味でしょうか？これらは私の言葉なので、もし、あなたにとって何がしかの意味を成さなければ、意味がありません。</p>
<blockquote><p>参加者の発言：ここに来る数日前にあったことですが、怖そうな感じの男の人が怒り出して、そこに２０人くらい人がいたのですが、みんな何事もないかのように振舞っていました。それで、私が、その人をなだめに行きました。昨日のワークショップの話を聴いていて、もし、私が素の自分として振舞うとしたら、どうしただろうかを考えてみました。グループのみんなと話したと思います。みんなはどうなのかを聞いたと思います。というのも、その人は、あるルールについて怒っていたので。こういうことは実際に起きていて、とても典型的です。私の考えがシフトしたことに気づきました。</p></blockquote>
<p>そのストーリーを書いて、私に送ってもらえますか？そういうストーリーが、私たちの違いを示す根拠になります。すばらしいストーリーです。「私はこういう研修を受けて、この出来事を考え直した。この出来事はこんなふうになった。」あなたの話してくださったような状況は、とてもよくあることです。何年か前ですが、NY州で資金カットになりそうなプログラムの評価に行ったのですが、そのプログラムは理念上も実践でも、人々を落ちつかせることがゴールになっていました。落ち着いていなければ、そのプログラムに来ることが許されていませんでした。ここでお話してきたような取り組みはシフトを起こします。対話をシフトさせ、会話の全体をシフトさせています。これはそのシフトを示す、すばらしいストーリーだと思いました。これが変化することを示す根拠です。ごめんなさい、盛り上がってしまって。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>本当のコミュニティを作るとはどういう意味でしょう？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>（参加者の発言：ピアが自分自身で居られるコミュニティを作る。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私にはこれはもろ刃の剣です。なぜかというと、まず第一に、ありのままの自分で居られると感じられ、関係性を探り、新しい関係性をつくり、つながりをつくる。そういうことのできるコミュニティを作ることは、すばらしいことだと思います。私たちは誰でも、信頼と受け入れられている感覚を持つことが、まずはじめに必要です。しかし、ピアセンターがまた別の施設になりつつあることを懸念しています。それが心配です。「あなたは何をしているのですか？」「一日中、ピアセンターにいます。」そこがあなたにとって生涯のコミュニティになります。実際のところ、プログラム評価では、それを成功とみなしています。利用者数が増えること、もしくは維持していることが成功の評価基準になっています。もし私たちが成功しているとしたら、数が変化するか、望ましいのは減っていくことでしょう。５年、１０年、２０年、５０年後には、ピアセンターがなくなっていて、より健康なコミュニティになっているべきです。私たちは思慮深くなる必要があります。サービスを提供することが目的ではありません。サービスを提供するのが役割ではありません。それがどういうことなのかに、みなさんは日々悩んでいるのだと思います。でも、別の施設を作り出すことはしたくありません。</p>
<blockquote><p><strong>監督（スーパービジョン）･評価のモデルを使うこと<br />
</strong></p>
<ul>
<li>プログラムの価値に照らし合わせて、誰もが、関係のやり取りについて振り返りをする。</li>
<li>その情報を使って、何が”望ましい結果”であるか明らかにする。</li>
<li>監督･評価によって、プログラムが定めた結果にもとづいた研究を確立する。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>さて、この特別な形の監督(スーパービジョン）あるいは評価では、まず核になる価値基準からはじめます。私がここでしたように、何があなたがたの価値基準なのかを決めます。望ましいのは、それがどういう意味なのかについて、いくらかの同意を得られていることです。そうして、みんなが集まり、自分たちのやり取りについて、価値基準に照らし合わせて、振り返り批評をします。例えば、この週に取り上げた価値基準が『医学的な枠組みを使わないこと』だったとしたら、医学的な枠組みを持ち込まなかったやり取りについて考え、それを描写します。また、持ち込んでしまっていたやり取りについても描写します。どちらも描くのは、正解･不正解という話に陥りたくないからです。誰々は出来ていて、誰々はだめだ、というふうにはしたくありません。気づきを高めるようにしたいだけです。ある価値基準に照らして、自分で振り返ることです。私たちはお互いに優劣をつけるのではありません。実践したいと信じていることを、どのように実践しているかを確かめ合うのです。価値基準と行動が実際にどのように見え、どのように聞こえるのかを、耳にし、目にし、それを知ることです。それがわかれば、その知識を使って、”望ましい結果”を明らかにすることができます。それは進化しているべきで、今日の望ましい結果は、あしたの望ましい結果とは違うはずです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この引用を読み上げます。これは私のお気に入りの語りです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Cheryl 　MacNeilと私はこの３年間、メイン州の研究プロジェクトに取り組んでいます。これが私のいわんとする根拠です。私のクライシス研修に参加した女性とCheryl のインタビューからの抜粋です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>エリザベス：はじめは居心地が悪かったです。このプログラムに来て、この研修に出ていて、私に起きたことは事実なわけだけど、でも「それで、ここからどこに行きたいの？」というふうにギアをシフトさせて、その先に向かうことをし始めました。それは本当に新鮮な感覚で、とても居心地が悪い。たぶん、幼児が歩き始めるときみたいじゃないでしょうか。不安定な感じ。崩れ落ちるというような、心理士がいう”不安定”という意味じゃなくて、ちょっと、ふらふらしているみたいな。新しい地平だから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>シェリル：どんなところが新しいのですか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>エリザベス：私は犠牲者であることに居心地良くなっていたのです。親しみがあったというか。それが突然、それを乗り越えるように誰かにチャレンジされたみたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>シェリル：犠牲者の役から抜け出しているのですか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>エリザベス：そのとおり。もう犠牲者ではいたくないです。それはいやです。もう十分、打ちのめされてきました。前に進みたい。そこから抜け出して前にすすみ、敬意を示される人になる。この言葉、”敬意”、これまで敬意を示されていると感じたことがなかった。もし、敬意を示されていたとしたら、その人は誰かを傷つけたりするでしょうか。だから、敬意を示される人でありたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>シェリル：犠牲者でありたいというのは全く違うのですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>エリザベス：そうです。私は援助システムの犠牲者になっていた。「先生、お世話になります。先生の指示に従います。先生が処方した量の薬を飲みます。」そうやって、また、犠牲になっていたのです。だから、ここで示されていることが気に入りました。それを一人でやらなくてもいい。ここにくれば一人じゃないから。誰かが私と一緒に取り組んでくれる。</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>これが根拠です。彼女はここで何を語っているでしょう？何が結果でしょうか？この結果という言葉の使い方はうまくないのですが。彼女は何を言っていますか？何が起きているのでしょうか？彼女の語りの中で、何が変化していますか？彼女の何が進化しているのでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>(アイデンティティ）<br />
自分にアイデンティティがあったという気づきですね。自分が今居るところから、一歩引いてみて、それが自分の望む方向なのかどうかを決めるのは、私たちに出来る、とても強力なことです。仏教徒が長年にわたってやろうとしてきたこと、基本的なマインドフルネスの実践です。</p>
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		<title>シェリー･ミードIPSワークショップ: 実践に関して【動画】</title>
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		<pubDate>Mon, 07 May 2012 12:40:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → こちらのページで閲覧できます。】]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/24-2/" title="シェリー･ミードIPSワークショップ: 実践に関して【文字起こし】">こちらのページ</a>で閲覧できます。】</p>
<p><iframe width="640" height="480" src="http://www.youtube.com/embed/Xq6Fh9Jr0eY?rel=0&#038;showinfo=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
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		<title>シェリー・ミード 　安全・安心とリスクについて【文字起こし】</title>
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		<pubDate>Sun, 06 May 2012 14:50:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文字起こし]]></category>
		<category><![CDATA[講演会]]></category>

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		<description><![CDATA[【この文章の元になった講演の動画は → こちらのページで視聴できます。】 こころの痛みの言葉としての自殺 自殺は感情ではない。 自殺は常に一つの選択肢である。 死にたいと思うことが癖･依存になっている。 ありのままに感じることから自分を遠ざける。 診断評価の会話をしていると： 相互的な関係ではなくなる。 いたみについて語ることが出来ない。 新たな対応を見出すことが出来ない。 私は安全とリスクについて、リスクの共有という見方をしたいと考えてきました。自殺の言葉を使うことで、それが精神医療の文化と混ざり合って、死にたいという気持ちについての語りがおろそかにされているようです。誰かが死にたいと口にすると、人々は反応して、即座に、どうすべきかという話になりがちです。自殺というのは感情ではありません。これは行為なわけです。私たちは、激しい痛み、困難な感情を自殺の言葉で語るようになっています。それで診断評価へと導かれます。ピアでさえもです。クライシスの民間対応プログラムの活動をしていると、そういう場面によく出くわします。「病院に連絡しようか？」「かなり危険な状態じゃない？」という診断評価モードに入ってしまいます。もしリスクを共有すること、相互の責任ということに、私たちが取り組まなければ、何かあったときの責任をだれがとるのかという、責任問題への対応に流されて、従来の診断評価のやり方に戻ってしまうだろうと心配しています。そこで行き詰まってしまうでしょう。 &#160; 死にたいという思いは、私たちの多くにとって、反応というか条件反射のようになっているようです。みなさんはどうですか？私はかなり若いときから、こころの痛みと死にたいという思いが直接的に結びついていました。その当時は、こころの痛み、混乱、ひどい出来事から、すぐにそれを自殺という形で行動に移す可能性を考えました。たぶんみなさんの多くもそうだろうと思うのですが、そうしていると、とても困難な感情がおきると、その感情を感じるのではなく、即座に死ぬことを考え始めるようになりました。みなさんはどうすか？そういう経験がありますか？ &#160; 私が治療関係の中で得たことの一つですが、ピアではなく、従来の治療関係にある人から、「自殺は常に選択の一つだから、あなたが自殺するかどうか、私にはそれをコントロールすることはできない。」と言われました。それで、コントロールしようとパワーを行使する関係から離れ、違った言葉で話すことを学びました。 &#160; 私にとっては、死にたいという思いを口にすることは、ありのままの自分で居ることから、逃れることでした。これは、困難なときを経験した人、あらゆる種類の暴力を経験した人にとって、珍しいことではありません。でも、そうすることで、ありのままの自分で居ることからどんどん遠ざかり、気分が良いか、死にたいと思っているか、白黒、そのどちらかでしかないというふうになっていました。今は、もう、そういうことはありませんが。 &#160; 死にたいと思うことについて、それを依存あるいは癖と考えて、ピア同士でその話をしはじめたらどうなるでしょう。電話相談をしているプログラムで、実際に、こういう会話を始めました。そこでは違った問いかけを人々にしています。 &#160; 診断評価の会話に入ってしまうと、どれほどピアであったとしても、そこで相互的な関係は終わってしまいます。交渉はなくなります。こころの痛みについての語りは閉じられます。違った対応に開かれることはありません。なぜなら、その時点でできることは、誰かを入院させるか、させないかだけだからです。 &#160; 関係性に焦点をあてた、違った会話を積み重ねる 自殺を考えることが、自動的な反応のようになって、どのくらいになるのかを聞く。 誰かが死にたいとあなたに言うとき、その人はあなたにどうしてほしいのかを聞く。 診断評価に陥ると関係はどうなるかについて話し合う。 あなたが感じていること、必要としていることを伝える。自分の荷物は自分で背負いましょう！ 自分も相手も大切です。 &#160; リスクと危険性についてどう取り扱うのかをまずはじめに話し合っておくことが大切です。実際にそうなる前に、もし、どちらか一方が「もうだめだ。コントロールがきかない。死にたい。」と言ったら、言われたほうはどんな気持ちになるだろうかを話し、どんなふうに対応するかを話し合っておきます。精神科医が患者さんと話をするとき、はじめにこういう会話をしていたらどうなると思いますか？あらかじめ、どんなふうに対応するかを一緒に考えることができるでしょう。 &#160; 自殺の言葉を反応として使い始め、それがパターンになってどのくらいになるのかを振り返ることも興味深いと思います。そのせいで、こころの痛みについて語ることや、どんな状況におかれているのかを語ることから、どれほどかけ離れてしまっていたのかを一緒に振り返ってみることです。 &#160; 誰かが死にたいという思いを口にしたとき、あなたにどうしてほしいのかを話し合うことも、あらかじめしておくと良いことの一つです。何年も前のことですが、私は、暴力を受けた女性のプロジェクトで知り合った女性から、「あなたがそう口にしたとき、私にどう対応してほしいの？」と問われました。彼女は、私より、もっとリスクをとる人で、そこから交渉が始まりました。私は彼女に自分が必要としていることを話しました。それは容易なことではありませんでした。というのは、私がそう口にするときは、自分が何を必要としているのかは考えたくないからです。自分でコントロールしたくはないのです。誰かに私の痛みを何とかしてほしい、私が死にたいと言うのはそういう意味だったからです。 &#160; もし診断評価を導くようなことになったら関係はどうなるかを、事前に話し合うことも大切だと思います。もし、とても怖くなって、診断評価のことが頭の中を駆け巡り始めたとしたら、関係はどうなるでしょうか？そうなったとき、どうしたら、軌道修正できるでしょうか？私たちは誰でも診断評価をする役割に陥ったことが、一度ならずあると思います。なので、事前に、どうしたら関係性を軌道に戻すことができるかを話し合っておきます。 &#160; 私は、クライシス・プログラムのスタッフ向けに５日間研修をしているのですが、クライシス対応をするピアが、診断評価に陥った状況の後で、それをどう取り扱うのかは興味深いものです。たとえば、メイン州のピアが運営するプログラムに、ある女性がやってきて、彼女は食事を全くしませんでした。誰もがその事態の周辺をうろうろして、「それは彼女の選択だ。」「でも、死んでしまうよ。」「私たちはどうしたらいいの？」「いや、でも、彼女の選択だ。」と倫理上の会話をしていて、誰も、彼女に「私は怖いです。」という人はいませんでした。彼女に「私は、あなたが何も食べないし、何も飲まないでいるのを見ていられません。こわいんです。」と話しかける人はいませんでした。そういう話をするのが関係性の会話です。もしくは「私は、怒りを感じています。」とか。その人の周りを遠巻きにして、踏んだら壊れてしまう卵の殻の上を歩くみたいにしています。実際のところ、私たちは、それほど壊れやすくはないのです。関係性のなかで感じていることをお互いに伝え、自分の荷物は自分で背負いましょう。 &#160; 私たちがしようとしているピアの関係性においては、どちらの人も大切なのです。それがここでお話してきたすべてのことの基盤です。どちらもが大切だとしたら、困難な状況の会話でも、相互の責任についてのやり取りがなされるでしょう。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この文章の元になった講演の動画は → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/15/">こちらのページ</a>で視聴できます。】</p>
<blockquote>
<h2>こころの痛みの言葉としての自殺</h2>
<ul>
<li>自殺は感情ではない。</li>
<li>自殺は常に一つの選択肢である。</li>
<li>死にたいと思うことが癖･依存になっている。</li>
<li>ありのままに感じることから自分を遠ざける。</li>
<li>診断評価の会話をしていると：
<ul>
<li>相互的な関係ではなくなる。</li>
<li>いたみについて語ることが出来ない。</li>
<li>新たな対応を見出すことが出来ない。</li>
</ul>
</li>
</ul>
</blockquote>
<p>私は安全とリスクについて、リスクの共有という見方をしたいと考えてきました。自殺の言葉を使うことで、それが精神医療の文化と混ざり合って、死にたいという気持ちについての語りがおろそかにされているようです。誰かが死にたいと口にすると、人々は反応して、即座に、どうすべきかという話になりがちです。自殺というのは感情ではありません。これは行為なわけです。私たちは、激しい痛み、困難な感情を自殺の言葉で語るようになっています。それで診断評価へと導かれます。ピアでさえもです。クライシスの民間対応プログラムの活動をしていると、そういう場面によく出くわします。「病院に連絡しようか？」「かなり危険な状態じゃない？」という診断評価モードに入ってしまいます。もしリスクを共有すること、相互の責任ということに、私たちが取り組まなければ、何かあったときの責任をだれがとるのかという、責任問題への対応に流されて、従来の診断評価のやり方に戻ってしまうだろうと心配しています。そこで行き詰まってしまうでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>死にたいという思いは、私たちの多くにとって、反応というか条件反射のようになっているようです。みなさんはどうですか？私はかなり若いときから、こころの痛みと死にたいという思いが直接的に結びついていました。その当時は、こころの痛み、混乱、ひどい出来事から、すぐにそれを自殺という形で行動に移す可能性を考えました。たぶんみなさんの多くもそうだろうと思うのですが、そうしていると、とても困難な感情がおきると、その感情を感じるのではなく、即座に死ぬことを考え始めるようになりました。みなさんはどうすか？そういう経験がありますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私が治療関係の中で得たことの一つですが、ピアではなく、従来の治療関係にある人から、「自殺は常に選択の一つだから、あなたが自殺するかどうか、私にはそれをコントロールすることはできない。」と言われました。それで、コントロールしようとパワーを行使する関係から離れ、違った言葉で話すことを学びました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私にとっては、死にたいという思いを口にすることは、ありのままの自分で居ることから、逃れることでした。これは、困難なときを経験した人、あらゆる種類の暴力を経験した人にとって、珍しいことではありません。でも、そうすることで、ありのままの自分で居ることからどんどん遠ざかり、気分が良いか、死にたいと思っているか、白黒、そのどちらかでしかないというふうになっていました。今は、もう、そういうことはありませんが。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>死にたいと思うことについて、それを依存あるいは癖と考えて、ピア同士でその話をしはじめたらどうなるでしょう。電話相談をしているプログラムで、実際に、こういう会話を始めました。そこでは違った問いかけを人々にしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>診断評価の会話に入ってしまうと、どれほどピアであったとしても、そこで相互的な関係は終わってしまいます。交渉はなくなります。こころの痛みについての語りは閉じられます。違った対応に開かれることはありません。なぜなら、その時点でできることは、誰かを入院させるか、させないかだけだからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote>
<h2>関係性に焦点をあてた、違った会話を積み重ねる</h2>
<ul>
<li>自殺を考えることが、自動的な反応のようになって、どのくらいになるのかを聞く。</li>
<li>誰かが死にたいとあなたに言うとき、その人はあなたにどうしてほしいのかを聞く。</li>
<li>診断評価に陥ると関係はどうなるかについて話し合う。</li>
<li>あなたが感じていること、必要としていることを伝える。自分の荷物は自分で背負いましょう！</li>
</ul>
<h2>自分も相手も大切です。</h2>
</blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>リスクと危険性についてどう取り扱うのかをまずはじめに話し合っておくことが大切です。実際にそうなる前に、もし、どちらか一方が「もうだめだ。コントロールがきかない。死にたい。」と言ったら、言われたほうはどんな気持ちになるだろうかを話し、どんなふうに対応するかを話し合っておきます。精神科医が患者さんと話をするとき、はじめにこういう会話をしていたらどうなると思いますか？あらかじめ、どんなふうに対応するかを一緒に考えることができるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自殺の言葉を反応として使い始め、それがパターンになってどのくらいになるのかを振り返ることも興味深いと思います。そのせいで、こころの痛みについて語ることや、どんな状況におかれているのかを語ることから、どれほどかけ離れてしまっていたのかを一緒に振り返ってみることです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>誰かが死にたいという思いを口にしたとき、あなたにどうしてほしいのかを話し合うことも、あらかじめしておくと良いことの一つです。何年も前のことですが、私は、暴力を受けた女性のプロジェクトで知り合った女性から、「あなたがそう口にしたとき、私にどう対応してほしいの？」と問われました。彼女は、私より、もっとリスクをとる人で、そこから交渉が始まりました。私は彼女に自分が必要としていることを話しました。それは容易なことではありませんでした。というのは、私がそう口にするときは、自分が何を必要としているのかは考えたくないからです。自分でコントロールしたくはないのです。誰かに私の痛みを何とかしてほしい、私が死にたいと言うのはそういう意味だったからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もし診断評価を導くようなことになったら関係はどうなるかを、事前に話し合うことも大切だと思います。もし、とても怖くなって、診断評価のことが頭の中を駆け巡り始めたとしたら、関係はどうなるでしょうか？そうなったとき、どうしたら、軌道修正できるでしょうか？私たちは誰でも診断評価をする役割に陥ったことが、一度ならずあると思います。なので、事前に、どうしたら関係性を軌道に戻すことができるかを話し合っておきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は、クライシス・プログラムのスタッフ向けに５日間研修をしているのですが、クライシス対応をするピアが、診断評価に陥った状況の後で、それをどう取り扱うのかは興味深いものです。たとえば、メイン州のピアが運営するプログラムに、ある女性がやってきて、彼女は食事を全くしませんでした。誰もがその事態の周辺をうろうろして、「それは彼女の選択だ。」「でも、死んでしまうよ。」「私たちはどうしたらいいの？」「いや、でも、彼女の選択だ。」と倫理上の会話をしていて、誰も、彼女に「私は怖いです。」という人はいませんでした。彼女に「私は、あなたが何も食べないし、何も飲まないでいるのを見ていられません。こわいんです。」と話しかける人はいませんでした。そういう話をするのが関係性の会話です。もしくは「私は、怒りを感じています。」とか。その人の周りを遠巻きにして、踏んだら壊れてしまう卵の殻の上を歩くみたいにしています。実際のところ、私たちは、それほど壊れやすくはないのです。関係性のなかで感じていることをお互いに伝え、自分の荷物は自分で背負いましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちがしようとしているピアの関係性においては、どちらの人も大切なのです。それがここでお話してきたすべてのことの基盤です。どちらもが大切だとしたら、困難な状況の会話でも、相互の責任についてのやり取りがなされるでしょう。</p>
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		<title>シェリー・ミード 　安全・安心とリスクについて【動画】</title>
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		<pubDate>Sun, 06 May 2012 14:47:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<category><![CDATA[講演会]]></category>

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		<description><![CDATA[【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → こちらのページで閲覧できます。】 Twitter ミーティング 下記の要領でTwitterミーティングを開催してみます。 2012年xx月xx日 xx:xx にこのページに来て、上の動画を再生する。 動画を見ながら、ハッシュタグ #ipsjp15 をつけて、思ったこと、感じたこと、印象に残った言葉、などなどをツイートする。 他の人のツイートを見て、つぶやいたり、返信したりする。 Tweet #ipsjp15 // このタイムラインを別ウィンドウで表示する場合、「ここ」をクリック。 //]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/15-2/" title="シェリー・ミード 　安全・安心とリスクについて【文字起こし】">こちらのページ</a>で閲覧できます。】</p>
<p><iframe width="640" height="480" src="http://www.youtube.com/embed/TQeIj4XYLD4?rel=0&#038;showinfo=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<h1>Twitter ミーティング</h1>
<p>下記の要領でTwitterミーティングを開催してみます。</p>
<ol>
<li>2012年xx月xx日 xx:xx にこのページに来て、上の動画を再生する。</li>
<li>動画を見ながら、ハッシュタグ #ipsjp15 をつけて、思ったこと、感じたこと、印象に残った言葉、などなどをツイートする。</li>
<li>他の人のツイートを見て、つぶやいたり、返信したりする。</li>
</ol>
<p><a class="twitter-hashtag-button" href="https://twitter.com/intent/tweet?button_hashtag=ipsjp15" data-lang="ja" data-size="large" data-related="IntentionalPeer" data-url="http://intentionalpeersupport.jp/15/">Tweet #ipsjp15</a><br />
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		<title>シェリー･ミードIPSワークショップ: 質問に応えながら【文字起こし】</title>
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		<pubDate>Sun, 06 May 2012 12:48:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文字起こし]]></category>

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		<description><![CDATA[【この文章の元になった講演の動画は → こちらのページで視聴できます。本文はワークショップの文字おこしの翻訳に若干の修正を加えたものです。】 &#160; ＜質問：サポートグループに来て、自分は神の預言者だという幻想を語る人がいるのですが、その話に乗るべきか、それとも、それは現実ではないと伝えるべきでしょうか？＞ &#160; その質問自体が、違った分析から出てくるものです。わかりますか？それは私たちの任務ではないというのが私の考えです。私たちのすべきことは、あなたが経験しているままに、その人とやり取りをしながら、ストーリーの目撃者であることです。 &#160; ＜質問：ということは相手の話に乗るということ？＞ &#160; そういう話ではなくて、もしそれがあなたの経験していることではなかったとしたら、あなたがすることは、その人が語っていないことを聴くこと、そのストーリーの背後のストーリーを聴くこと、その人の話の中につながりを感じられる糸口を見出すことです。そうして、お互いが経験していることを語り合い、あなたとの関係やサポートグループの中で、お互いにとってうまくいくようにするには、行動や関係の在り方の面で、どんなふうにできるかを一緒に見つけることです。 &#160; ＜質問：あなたが話してきたことは、成熟した人同士の関係のように思えました。私のプログラムには症状のままに行動する人がいて、私は居心地悪く感じ、自分の境界線を守ることしかできません。症状に動かされて行動している人がそこから抜け出せるようにするために、どのような手助けができると思いますか？＞ &#160; それは私たちの誰もが経験してきたことです。新たなストーリーを語るのは簡単に出来ることではありません。みなさんは古いストーリーに閉じ込められていた経験はありませんか？みんなそうだったでしょ？正直になりましょう、みんなそうだったと思います。新たなストーリーを語るようになるまでには時間がかかります。そのためには信頼できる関係であることが必要で、また、事前に取り組むことが大事だと思います。 &#160; ピアサポートは医学的見地とは異なる理解の仕方を提供する  どんなふうにして、精神病患者としての見方に閉じ込められるようになったのかを考える手助けをする。  自分の知っていることをどのようにして知るようになったのかを問い直す手助けをする。  感情や反応を症状として扱わない。  病気･問題としてみることを前提としない。 &#160; ピアサポートには意図があり、そのまず第一は、自分の知っていることを知るようになったやり方を学びなおすように、お互いに助け合うことです。それができていなければ困ったことだと思います。 &#160; 次は感情を症状だと考える必要はないということです。みなさんに聞いてみたいのですが、大きな感情と症状の違いは何だと思いますか？あなたの経験からは、何が違うと思いますか？ &#160; ＜会場からの発言：感情は誰もが持っていることだけれど、症状は誰にでもあるわけではない。症状があると病気＞ &#160; 他には？ &#160; ＜会場からの発言：何も違わない。＞ &#160; いろいろな意見がありますね。 &#160; ＜会場からの発言：感情は自分が持っているもの。症状は外側から名づけられたもの。＞ ＜会場からの発言：感情は自然な気持ちの動き。症状はそれに影響を与えるもの。＞ &#160; このことは後で再び取りあげたいと思います。もし医学的見地から話をしないのであれば、症状の言葉で話すことは出来ません。かみ合わなくなるからです。 &#160; ＜質問：どうしたら、成熟した関係性をつくることができるか？＞ &#160; 昔の在り方や知り方に逆戻りする人とは、事前に取り組むことというか、学びを促す要素がとても役に立ちました。ある見方をしているとき、自分の経験から一歩引いてみることです。その渦中にいないときには、「そうなるのは自分ではどうしようもない、自分にはコントロールできない。」ということは難しくなるからです。自分はそうなってしまうのだということを前提としない環境をつくることです。その中で、自分のことを振り返る意識を高める環境です。 &#160; ”助け”は双方向に行き来する スタッフとしての役割は、ピアサポートの関係性を作ること。サービスの提供ではない。 学びの環境をつくる関係に両者が取り組むことが、”助け”であると定義しなおす。 お互いにサポートする。 敬意を示した仕方でお互いにチャレンジする。 お互いのストーリーの目撃者となる。 では、助けをどのように定義しなおすかについてです。「私はあなたを援助するためにここにいます。」「あなたはサポートが必要な問題を持っている人です。」ということを前提にしません。助けについて見直し、助けの関係ではなく、どちらもが力を注ぐ人としての関係性にすることです。 &#160; お互いの責任 どちらもが自分の感じていること、必要としていることを伝える。 どちらもが自分の感情に責任を持つ。 関係において困難が生じたとき、それについて、やり取り(交渉）する。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この文章の元になった講演の動画は → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/23/">こちらのページ</a>で視聴できます。本文はワークショップの文字おこしの翻訳に若干の修正を加えたものです。】</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜質問：サポートグループに来て、自分は神の預言者だという幻想を語る人がいるのですが、その話に乗るべきか、それとも、それは現実ではないと伝えるべきでしょうか？＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その質問自体が、違った分析から出てくるものです。わかりますか？それは私たちの任務ではないというのが私の考えです。私たちのすべきことは、あなたが経験しているままに、その人とやり取りをしながら、ストーリーの目撃者であることです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜質問：ということは相手の話に乗るということ？＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そういう話ではなくて、もしそれがあなたの経験していることではなかったとしたら、あなたがすることは、その人が語っていないことを聴くこと、そのストーリーの背後のストーリーを聴くこと、その人の話の中につながりを感じられる糸口を見出すことです。そうして、お互いが経験していることを語り合い、あなたとの関係やサポートグループの中で、お互いにとってうまくいくようにするには、行動や関係の在り方の面で、どんなふうにできるかを一緒に見つけることです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜質問：あなたが話してきたことは、成熟した人同士の関係のように思えました。私のプログラムには症状のままに行動する人がいて、私は居心地悪く感じ、自分の境界線を守ることしかできません。症状に動かされて行動している人がそこから抜け出せるようにするために、どのような手助けができると思いますか？＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それは私たちの誰もが経験してきたことです。新たなストーリーを語るのは簡単に出来ることではありません。みなさんは古いストーリーに閉じ込められていた経験はありませんか？みんなそうだったでしょ？正直になりましょう、みんなそうだったと思います。新たなストーリーを語るようになるまでには時間がかかります。そのためには信頼できる関係であることが必要で、また、事前に取り組むことが大事だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>ピアサポートは医学的見地とは異なる理解の仕方を提供する</strong></p>
<ul>
<li> どんなふうにして、精神病患者としての見方に閉じ込められるようになったのかを考える手助けをする。</li>
<li> 自分の知っていることをどのようにして知るようになったのかを問い直す手助けをする。</li>
<li> 感情や反応を症状として扱わない。</li>
<li> 病気･問題としてみることを前提としない。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>ピアサポートには意図があり、そのまず第一は、自分の知っていることを知るようになったやり方を学びなおすように、お互いに助け合うことです。それができていなければ困ったことだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>次は感情を症状だと考える必要はないということです。みなさんに聞いてみたいのですが、大きな感情と症状の違いは何だと思いますか？あなたの経験からは、何が違うと思いますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜会場からの発言：感情は誰もが持っていることだけれど、症状は誰にでもあるわけではない。症状があると病気＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>他には？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜会場からの発言：何も違わない。＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>いろいろな意見がありますね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜会場からの発言：感情は自分が持っているもの。症状は外側から名づけられたもの。＞<br />
＜会場からの発言：感情は自然な気持ちの動き。症状はそれに影響を与えるもの。＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このことは後で再び取りあげたいと思います。もし医学的見地から話をしないのであれば、症状の言葉で話すことは出来ません。かみ合わなくなるからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜質問：どうしたら、成熟した関係性をつくることができるか？＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昔の在り方や知り方に逆戻りする人とは、事前に取り組むことというか、学びを促す要素がとても役に立ちました。ある見方をしているとき、自分の経験から一歩引いてみることです。その渦中にいないときには、「そうなるのは自分ではどうしようもない、自分にはコントロールできない。」ということは難しくなるからです。自分はそうなってしまうのだということを前提としない環境をつくることです。その中で、自分のことを振り返る意識を高める環境です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>”助け”は双方向に行き来する</strong></p>
<ul>
<li>スタッフとしての役割は、ピアサポートの関係性を作ること。サービスの提供ではない。</li>
<li>学びの環境をつくる関係に両者が取り組むことが、”助け”であると定義しなおす。</li>
<li>お互いにサポートする。</li>
<li>敬意を示した仕方でお互いにチャレンジする。</li>
<li>お互いのストーリーの目撃者となる。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>では、助けをどのように定義しなおすかについてです。「私はあなたを援助するためにここにいます。」「あなたはサポートが必要な問題を持っている人です。」ということを前提にしません。助けについて見直し、助けの関係ではなく、どちらもが力を注ぐ人としての関係性にすることです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>お互いの責任<br />
</strong></p>
<ul>
<li>どちらもが自分の感じていること、必要としていることを伝える。</li>
<li>どちらもが自分の感情に責任を持つ。</li>
<li>関係において困難が生じたとき、それについて、やり取り(交渉）する。</li>
<li>安全･安心について、どちらもが責任を担う。</li>
<li>関係性が意図的であることに、どちらもが責任を担う。</li>
<li>自分を振り返り、学び、成長するように刺激しあい、支えあうことに、どちらもが責任を担う。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>ピアサポートでは助けは双方向であること、お互いに責任を担う関係だとお話してきました。よく見過ごされている大事なことがあります。それは治療モデルによって作り出された問題の一つで、援助を受ける側の人々はお返しをしないということです。人々は自分に価値があると感じられないこと、自分が相手の人の助けになるとは思えないことです。役割が伴う場合については、後ほどお話します。サポートをするのが役割となると、報酬に関すること、責任に関すること、相手から助けを受けることへの倫理上の問題に関することなどが議論になるからです。実際のところ、関係性が変わって助けが双方向に行き来し、お互いにチャレンジするようでなければ、「私があなたの助けになる」というのではなく、お互いが成長することに焦点をあてなければ、私のリカバリーのためにあなたが何をしてくれようと何も変わらないでしょう。私は価値のない利用者の役割のままです。このことがもっとも重要で、まぎらわしく、しかし、大切なところだと考えています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>ピアサポートを通して、私たちのものの見方、知り方を変え、本当のコミュニティを創出する機会が生まれる。</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>ピアサポートと呼ばれる何かを政治的に利用することはできるでしょう。著しく権利を奪われ、いろんなことを言われてきた人たちとともに、ピアサポートを発展させる機会を手にしています。これは単に精神保健に限られてはいません。これは私たちのものの見方、知り方の変革です。ピアサポートという名のもとで、何かユニークで際立ったことをするチャンスだと思います。私たちの実践に合致する言葉をみつけ、私たちの価値に本当に見合うやり方と原則を明らかにし、ピアサポートの構造、形を使って、より大きな議題を押し進めるチャンスだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ピアサポートには意図があります。それは単なる友達関係にはない意図です。意図的ではない普段の会話とは異なります。人々は場所、構造、環境、コミュニティを必要としていて、そこで十分な安心が感じられ、自分の知っていることから一歩引いてみて、それにチャレンジすることができます。その中で人々が古いストーリーから抜け出すことができるような容器に私たちがなるのです。それを構築し、そこから自分たちの望むことへと向かうことが出来ます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜質問：人種や階層、性別ということすべてがピアサポートに関係してくるとしたら、ピアって何なのでしょうか？ピアであることも一つの要素になりますか？それと、ここで学んでいるようなことを専門職にも教える必要があると思いますか？＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>すべてのことが関係しています。何が要素にならないかではありませ。医学的な見地による狭い見方とは違って、全てのことを考慮します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>専門職に教える必要があるかということについてですが、まず、私たちがコミュニティとして、自分たちのしていることを確立する必要があると思います。これは私がずっと言い続けていることですが、自分たちの任務が何かがまだ明確ではありません。任務がはっきりし、それを定義し、基準をつくって、そうしたら専門職に教えることが出来るでしょう。そうすることで、彼らがこれをうまくサポートできるように。それが私の立ち位置です。彼らがそれを受け入れるかどうかは・・・。率直なところ、私は既存のシステムを変えることにはあまり興味がありません。それより、代替的なシステムを作ることに興味があります。まず、別個のものを作って、それから、お互いに学ぶことができるでしょう。どちらもが成長するように。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜質問：文化や人種や社会階層のことも考慮する必要があると、言っていましたか？＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうすることで人が置かれている文脈から、どうしてそう思うようになったのかを考えることが出来ます。その人の背景、文化、人種、経済的階層、トラウマの歴史など、幅広い関心をもって話を聴き、深い理解を得るように努力します。どのように物事が見えていて、どういう経緯があってそう思うようになったのか、それをわかろうとして聴くことに、力を注ぐということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜質問：トラウマの影響を考慮したという表現をするのは、これは一人ひとりの違いを考慮した関係をつくるということだからなのですね。＞</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それに加えて、私がトラウマの影響を考慮する枠組みにひかれたのは、そう呼び続けるつもりはないのですが、トラウマの影響を考慮することで、人々が置かれてきた文脈に意識を向けることが出来るからです。そして、それについて、何か働きかけること。それに反応、その影響に反応するのではなくて。つまり、社会変革こそ、私たちが焦点をあてるべきことだと考えています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ピアプログラム、ピアの関係、ピアグループなど、どのような構造であれ、みんながお互いのことを良く思って仲良くやっているうちは、物事が順調にスムーズに運びます。しかし何か居心地の悪くなるようなことが起きると、それを学びの機会とするのではなく、居心地の悪さを問題として扱い始めます。ここが興味深いところですが、それで診断評価に逆戻りします。みなさんはどうですか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>いろいろなレベルで繰り返し目にすることは、自分のなかでも衝突はうまく扱われないし、一対一の関係でも衝突はうまく扱われないし、システムのレベルでも衝突はうまく扱われません。ピアの関係性では、人々がこれまでの環境で学んだ役を再演することがあります。衝突があると昔の役を演じるようになるのです。衝突が起きると、誰かがいつも姿を消すこと、その場からいなくなること、あるいは、攻撃的になる、犠牲者の役、仲裁者の役を演じるということはありませんでしたか？それに気づいたことがありますか？驚くことではありませんが、衝突のあるような状況では自分が慣れ親しんだ役に陥ります。ですが、それについて話すことはありません。私たちは症状を管理しようとするのと同じように、それを管理しようとします。それで、グループをやめてもらったり、ルールを増やしたりして、さらにコントロールしようとするのです。ですから、恐れ、パワー、コントロールについて振り返り、違った考え方をしてみようと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>恐れ、パワー、コントロール<br />
</strong></p>
<ul>
<li>恐れたり、居心地が悪くなると反応する。</li>
<li>安全圏から外に連れ出される。</li>
<li>物事を安全圏に引き戻そうとする。</li>
<li>犠牲者の役に陥る。</li>
<li>攻撃者の役に陥る。</li>
<li>つながりを切る、消え去る、周りに合わせる、うそをつく。</li>
<li>使えるパワーは何でも使う。</li>
<li>慣れ親しんだやり方に引き戻される。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>居心地が悪くなるとパワーを使います。いろいろなふうな形でパワーが使われます。ここに挙げたのはどれもパワーを及ぼす、関わりの仕方です。そうすることでコントロールしようとします。プログラムをしていて、はじめは二つか三つルールがあっただけだったのに、ルールがどんどん増えていったという経験はありませんか？私たちのプログラムが始まったばかりのころ、ある日、あらゆるところに張り紙がされていたことがありました。手を洗いましょう、禁煙、後片付けをしましょう。それらの事柄について話し合うかわりにルールができていました。<br />
もし時間が有り余っていたら、パワーを及ぼす、いろいろな関わりの仕方をすべてリストにしてみると面白いと思います。あなた方のプログラムで使われそうな、パワーの使い方の全てを挙げみてください。つながりを切る、姿を消すというのはとても強力なパワーを及ぼす関わりの仕方です。誰もあなたがどこにいるのかわからないからです。私たちはこういう話を十分にはしていません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>パワーを使いたくなる状況<br />
</strong></p>
<ul>
<li>パワーを持たない気がしたとき</li>
<li>居心地の悪さを感じさせるような状況</li>
<li>誰かが死ぬことを口にするとき</li>
</ul>
</blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>居心地が悪くなるとパワーを使います。例えば、パワーがないと感じるとき、自分が強く反応するボタンを押されたとき、だれかが自殺を口にするとき、などです。<br />
今日の午後お話したいことは、このようなパワーを使いたくなるような事柄について、これまで話してきたような、意図的な、違ったふうな会話をすることについてです。誰かが死を口にしたとき、あなたのセンターではどんなことがおきますか？みんなが危険から逃れようとしますか？警察を呼びますか？ときどき、そうする？ケアマネジャーに連絡しますか？あなたがたはどうしますか？自殺に関する会話は、あなたのセンターではどのように扱われますか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>誰かがパワーを使ってコントロールしたくなるほど居心地悪くなるような、そうさせるような事柄には、他にどのようなことがありますか？どんな状況がありましたか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜会場からの発言：自分を守りたくなる気がするとき。＞<br />
＜会場からの発言：罵詈雑言を浴びせられるとき。＞<br />
＜会場からの発言：相手の人がどうなるかが気にかかるとき。死ぬかどうかというような、大それたことではなくても。＞</p>
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		<item>
		<title>シェリー･ミードIPSワークショップ: 質問に応えながら【動画】</title>
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		<pubDate>Sat, 05 May 2012 12:36:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → こちらのページで閲覧できます。】]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/23-2/" title="シェリー･ミードIPSワークショップ(3/3): 質問に応えながら【文字起こし】">こちらのページ</a>で閲覧できます。】</p>
<p><iframe width="640" height="480" src="http://www.youtube.com/embed/vpyM-cCJ0KY?rel=0&#038;showinfo=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
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		<item>
		<title>シェリー･ミードIPSワークショップ: ストーリーが出来るまで【文字起こし】</title>
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		<comments>http://intentionalpeersupport.jp/22-2/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 May 2012 12:48:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文字起こし]]></category>

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		<description><![CDATA[【この文章の元になった講演の動画は → こちらのページで視聴できます。本文はワークショップの文字おこしの翻訳に若干の修正を加えたものです。】 &#160; 自分についてのストーリーがどのように作られるのかを図式化してみましょう。 &#160; １．自分に問題があるというストーリーが出来る過程 &#160; まず、あなたが「あなたは変わっている。出来損ないだ。頭がおかしい。それは自分のせいでしょ。それはあなたが悪いからだ。」というメッセージを、いろいろな文脈で、いろんなふうに、いろんな関係のなかで、長年にわたって受け取ってきたとしましょう。それと同時に、あなたは周りに合わせようとし、どのように振舞うべきかを学びます。人から言われたメッセージを自分でも信じ始めるとともに、トラブルを起こさないために、周りに溶け込もうとするのです。 &#160; そうして、このような奇妙な在り方が、あまり健康的ではないふうに積み重なっていきます。周囲にあわせた振舞いをしながら、自分はおかしな人間だという考えを信じ込んでいます。そして、「あなたのことを気に入っているよ。」というような人に出会うのですが、あなたは内心で「この人バカじゃないの。私のことなんて何も知らないくせに。私は頭がおかしくて、出来損ないで、最低な人間なのに。」と思います。このようなせめぎあいが積み重なり、人々とのつながりを切ります。関係が始まる前から、いろいろな仕方で関係を断つようになります。なぜなら、いかなる理由にせよ、自分のストーリーの全てを語ることが出来ないからです。そうして周りに合わせて振舞うことを覚えます。 &#160; これは私の話で、たぶん、この話を聞いたことがある人も多いでしょう。でも、気に入っているのでお話します。ずいぶん前に、ソーシャルワークの学校に通っていたころ、昼間は学生で、夜というか週末は慢性精神病患者をしていました。それは穏やかならぬ状況でした。クラスメイトの多くに”援助”を受けいて、彼らは守秘義務があって、そのことを秘密にしていました。もちろん私もその話はしてほしくはなかったのですが。大変な思いをしながらも、クラスに出席して発言し、自分の考えを話し、自信を感じたりしました。ですがクラスの外に出ると、秘密にしている語りが頭のなかでわき起こり、「自分は何もわかっていやしない。クラスメイトはまともな人たちだけど、私は頭がおかしくて、週末には入院をしているんだよ。ソーシャルワークの学校で一体何をしているつもりなの。」というような語りです。それで二重の生活をしているような気がし始めます。バッドマンと、バッドマンがバッドマンでないときは何だっけ？そうブルース。もっともバットマンの気構えを私は持ち合わせてはいなかったですが。 &#160; ある年の感謝祭のときに入院していて、そのとき二度目に、子どもたちの養育権を奪われたと聞かされました。単に入院しているからという理由で。今は仕事仲間の、そのときはナースだった人が私のことを良く知っていて、私が学校で苦労していることも知っていました。彼女は私の首根っこをつかんで、「シェリー、あなたはソーシャルワーカーになるの、それとも、慢性精神病患者なるの？１０分で決められるでしょ。」と言いました。文字通り、彼女はそう言ったのです。正直なところ、そのときまで私は自分に選択があるとは知りませんでした。違った生き方をする可能性があるのだということを知りませんでした。 そうして、このようなプレッシャーが積み重なっていきます。このような内的なプロセスが、どのような形で現れるにせよ、それにラベルをつけられ、それについて語ることはありません。したがって新たな意味づけがなされることもなく、ただ積み重なっていきます。そしてやがて何が自分の問題なのかと思い始め、そのために助けを求めます。 &#160; ２．専門的援助が必要な問題を抱えた人であるというストーリーができる過程 そうして、あなたは自分は頭がおかしいのだと思い、その問題のために助けを求めに行きます。従来のシステムでは、助けを求めたとき、まずはじめに診断するための評価を受けます。みなさんもそうでしたか？それが初めて会うときの会話だというのは興味深いことです。私は、はじめの会話がその後の会話の道筋を決めると信じています。そのような会話が一度はじまってしまうと、そこから抜け出すことは出来ません。そこに閉じ込められます。自分の問題について助けを求めてきたときのはじめの会話で診断名がつけられます。「そうだったのか！やっと理解できた。」ここで人々は、「よかった。私はxxという病気なのだ。問題のわけがわかった。」と思います。そして、とてもたやすく、魅了されたかのようにその道に入っていきます。症状にしたがって治療が決められます。そうして、今週の診断名どおりに生きるようになります。「診断名はなんだっけ？あ、それできるよ。統合失調症ね、それもまかせて。」というように。そうしてまもなく自分の人生、感情、経験、ものごとの意味づけの仕方、人との関わり方のすべてを症状とみなすようになります。自分の問題の一部として意味づけます。それは恐ろしいことです。 &#160; この会話に入り込んでしまうと診断名で自分を定義し、私の症状をいかに管理するかが、治療というか援助に関する会話になります。私は症状の詰め合わせが歩いているようなもので、私に出来ることはせいぜい症状を管理することくらいです。「症状をどう管理してますか？」というのは変な質問です。他ではこういうことは聞かれません。美容院で「あなたは症状をどう管理してますか？」と聞かれるでしょうか。考えてみてください。ですが、これが当たり前になっています。そういうふうに話すようになります。 &#160; そうして、圧力が高まり、激しい感情が起こり始めると、援助者からその感情は常軌を逸しているとラベルを貼られます。そして「クライシスだと感じたら連絡してください。手に負えないときは電話してください。」といわれます。それで私は「手に負えない！」と言います。そうすると、「薬を飲みなさい。」「入院しなさい。」「安全のための契約をしましょう。」ということになります。そうして安全の責任問題へと行き着きます。つまり、あなたは症状の歩く詰め合わせで、それらを管理し、常にコントロールを失う危険性とともにあり、クライシスがいつ来るか、戦争に備えてのプランを立てるようになります。 &#160; ピアサポートを始めて間もないころのことですが、とてもショックを受けたことがあります。友人が毎年８月になると、入院して電気ショック治療を受けるのだというのです。それをプランにしていました。病院とデートの約束をするみたいに。今は保険会社がそうはさせないでしょうけれど。彼女は文字通りプランを作っていたのです。彼女の頭の中では、自分は精神的なクライシスに陥るのでショック療法が必要であると考え、そのようなプランを立てていたわけです。激しい感情を症状だと思うようになっていたからです。私は違ったふうにできるはずだと思いました。私たちは治療を目的にした組織ではないし、そういう権威、関係性ではありません。違ったやり方をし始めています。ですが、ピアサポートが広まるにつれて、そこにもひび割れを見つけ始めました。 &#160; ３．ピアサポートでも病気のストーリーに逆戻りする過程 さて、今度は助けを求めて、ピアサポートのプログラムにやってきたとします。そこではお互いを診断評価をするのではなく、お互いのことを知り合います。人生の全体について、ストーリーを語り合い、たぶん診断名も教えあうでしょう。私たちはその言葉で話すようになっているので。いい感じになります。ですが、私たちのどちらかが、おかしな行動をし始めると一変します。誰かが困難な状況に陥って、私たちを怖がらせると、突如、診断評価モードに入ってしまいます。そうして、「ねえねえ、スティーブンの行動、最近おかしいよね。ケアマネジャーに連絡すべきだろうか？」こういう会話がなされます。誰かの居心地が悪くなると、たいてい、こうなります。それが私には気がかりです。というのは、誰もが元気でというか、”症状”の管理が出来ている間はよいのですが、物事が混乱しはじめると、自分たちにされたような行動をし始めます。それが気がかりです。私にはそれは助けになるとは思えないからです。それが私たちのやりたいことではないと思います。ピアが運営するクライシス代替プログラムをしていて、それは私たちが望むやり方ではないことは明らかでした。 &#160; それはそうと、このようなダンスがはじまって、「もし間違ったことを言ったらどうしよう」と心配し、それでこの質問が出てきます。「身の安全は大丈夫？」「安全の契約にサインしますか？」このような安全の責任をめぐる質問をして、パワーの駆け引きをし始め、しないようにしていた医学的な分析をし始めます。そうして、これまで築いてきたピアの関係性はもはや、対等な関係ではなくなります。スタッフとメンバー、支援者と利用者、昔と全く同じ話です。お互いに助けるのではなく、誰かが病気か病気じゃないかという思い込みが始まります。 このパワーの駆け引きをしっかりと意識していることが大事です。どうすれば違った会話に立ち戻ることができるでしょうか。 &#160; ４．相互に責任を担う関係性のストーリーが出来る過程 助けを求めて、ピアサポートにやってきます。同じプロセスです。お互いの話を聴き、お互いのことを知り、あなたがつらいときに一緒に恐れに向き合い、お互いにこういうようなことを伝え合います。「あなたがこぶしで壁を叩いているのを見ると、とっても怖くなります。あなたと一緒に居ることはできるけれど、手の骨が折れるんじゃないかと思うと、その場に集中して居ることが難しいんです。」こういう会話をお互いにすることができます。そうして、一緒に恐れと向き合います。お互いのことを診断評価するのではなく。私たちは助けに関する責任を外部の専門家たちにゆだねるのではなく、自分たちの関係のなかにおいておきます。 &#160; このように一緒に困難に向き合い、交渉し、パワーについて語り、衝突と安心･安全について語ります。そして、どちらもが会話にとどまっていることができるよう、どうしたら安心できる関係をつくれるだろうかを話し合います。どちらもが力を注ぐ関係であるために、お互いにどうすることができるだろうかを話します。 &#160; これは私の理論です。同意すかどうかは自由です。もし、大雑把な意味で、精神の病というものがあるとしたら、これはつながりの断絶に関することだと信じています。よい表現がないのでこういう言い方をしますが、現実から離れていて、かつ、つながりを保つことは出来ないと思います。なので人と人とのつながりについて考えたいと思います。交渉、パワーの駆け引き、より深い関わりの在り方であること、それらが私たちの取り組みの核になることです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この文章の元になった講演の動画は → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/22/">こちらのページ</a>で視聴できます。本文はワークショップの文字おこしの翻訳に若干の修正を加えたものです。】</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自分についてのストーリーがどのように作られるのかを図式化してみましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>１．自分に問題があるというストーリーが出来る過程</h2>
<p>&nbsp;<br />
<img src="http://intentionalpeersupport.jp/wp-content/uploads/2012/05/1.jpg" alt="" /><br />
まず、あなたが「あなたは変わっている。出来損ないだ。頭がおかしい。それは自分のせいでしょ。それはあなたが悪いからだ。」というメッセージを、いろいろな文脈で、いろんなふうに、いろんな関係のなかで、長年にわたって受け取ってきたとしましょう。それと同時に、あなたは周りに合わせようとし、どのように振舞うべきかを学びます。人から言われたメッセージを自分でも信じ始めるとともに、トラブルを起こさないために、周りに溶け込もうとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして、このような奇妙な在り方が、あまり健康的ではないふうに積み重なっていきます。周囲にあわせた振舞いをしながら、自分はおかしな人間だという考えを信じ込んでいます。そして、「あなたのことを気に入っているよ。」というような人に出会うのですが、あなたは内心で「この人バカじゃないの。私のことなんて何も知らないくせに。私は頭がおかしくて、出来損ないで、最低な人間なのに。」と思います。このようなせめぎあいが積み重なり、人々とのつながりを切ります。関係が始まる前から、いろいろな仕方で関係を断つようになります。なぜなら、いかなる理由にせよ、自分のストーリーの全てを語ることが出来ないからです。そうして周りに合わせて振舞うことを覚えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これは私の話で、たぶん、この話を聞いたことがある人も多いでしょう。でも、気に入っているのでお話します。ずいぶん前に、ソーシャルワークの学校に通っていたころ、昼間は学生で、夜というか週末は慢性精神病患者をしていました。それは穏やかならぬ状況でした。クラスメイトの多くに”援助”を受けいて、彼らは守秘義務があって、そのことを秘密にしていました。もちろん私もその話はしてほしくはなかったのですが。大変な思いをしながらも、クラスに出席して発言し、自分の考えを話し、自信を感じたりしました。ですがクラスの外に出ると、秘密にしている語りが頭のなかでわき起こり、「自分は何もわかっていやしない。クラスメイトはまともな人たちだけど、私は頭がおかしくて、週末には入院をしているんだよ。ソーシャルワークの学校で一体何をしているつもりなの。」というような語りです。それで二重の生活をしているような気がし始めます。バッドマンと、バッドマンがバッドマンでないときは何だっけ？そうブルース。もっともバットマンの気構えを私は持ち合わせてはいなかったですが。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ある年の感謝祭のときに入院していて、そのとき二度目に、子どもたちの養育権を奪われたと聞かされました。単に入院しているからという理由で。今は仕事仲間の、そのときはナースだった人が私のことを良く知っていて、私が学校で苦労していることも知っていました。彼女は私の首根っこをつかんで、「シェリー、あなたはソーシャルワーカーになるの、それとも、慢性精神病患者なるの？１０分で決められるでしょ。」と言いました。文字通り、彼女はそう言ったのです。正直なところ、そのときまで私は自分に選択があるとは知りませんでした。違った生き方をする可能性があるのだということを知りませんでした。<br />
そうして、このようなプレッシャーが積み重なっていきます。このような内的なプロセスが、どのような形で現れるにせよ、それにラベルをつけられ、それについて語ることはありません。したがって新たな意味づけがなされることもなく、ただ積み重なっていきます。そしてやがて何が自分の問題なのかと思い始め、そのために助けを求めます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>２．専門的援助が必要な問題を抱えた人であるというストーリーができる過程</h2>
<p><img src="http://intentionalpeersupport.jp/wp-content/uploads/2012/05/2.jpg" alt="" /><br />
そうして、あなたは自分は頭がおかしいのだと思い、その問題のために助けを求めに行きます。従来のシステムでは、助けを求めたとき、まずはじめに診断するための評価を受けます。みなさんもそうでしたか？それが初めて会うときの会話だというのは興味深いことです。私は、はじめの会話がその後の会話の道筋を決めると信じています。そのような会話が一度はじまってしまうと、そこから抜け出すことは出来ません。そこに閉じ込められます。自分の問題について助けを求めてきたときのはじめの会話で診断名がつけられます。「そうだったのか！やっと理解できた。」ここで人々は、「よかった。私はxxという病気なのだ。問題のわけがわかった。」と思います。そして、とてもたやすく、魅了されたかのようにその道に入っていきます。症状にしたがって治療が決められます。そうして、今週の診断名どおりに生きるようになります。「診断名はなんだっけ？あ、それできるよ。統合失調症ね、それもまかせて。」というように。そうしてまもなく自分の人生、感情、経験、ものごとの意味づけの仕方、人との関わり方のすべてを症状とみなすようになります。自分の問題の一部として意味づけます。それは恐ろしいことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この会話に入り込んでしまうと診断名で自分を定義し、私の症状をいかに管理するかが、治療というか援助に関する会話になります。私は症状の詰め合わせが歩いているようなもので、私に出来ることはせいぜい症状を管理することくらいです。「症状をどう管理してますか？」というのは変な質問です。他ではこういうことは聞かれません。美容院で「あなたは症状をどう管理してますか？」と聞かれるでしょうか。考えてみてください。ですが、これが当たり前になっています。そういうふうに話すようになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして、圧力が高まり、激しい感情が起こり始めると、援助者からその感情は常軌を逸しているとラベルを貼られます。そして「クライシスだと感じたら連絡してください。手に負えないときは電話してください。」といわれます。それで私は「手に負えない！」と言います。そうすると、「薬を飲みなさい。」「入院しなさい。」「安全のための契約をしましょう。」ということになります。そうして安全の責任問題へと行き着きます。つまり、あなたは症状の歩く詰め合わせで、それらを管理し、常にコントロールを失う危険性とともにあり、クライシスがいつ来るか、戦争に備えてのプランを立てるようになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ピアサポートを始めて間もないころのことですが、とてもショックを受けたことがあります。友人が毎年８月になると、入院して電気ショック治療を受けるのだというのです。それをプランにしていました。病院とデートの約束をするみたいに。今は保険会社がそうはさせないでしょうけれど。彼女は文字通りプランを作っていたのです。彼女の頭の中では、自分は精神的なクライシスに陥るのでショック療法が必要であると考え、そのようなプランを立てていたわけです。激しい感情を症状だと思うようになっていたからです。私は違ったふうにできるはずだと思いました。私たちは治療を目的にした組織ではないし、そういう権威、関係性ではありません。違ったやり方をし始めています。ですが、ピアサポートが広まるにつれて、そこにもひび割れを見つけ始めました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>３．ピアサポートでも病気のストーリーに逆戻りする過程</h2>
<p><img src="http://intentionalpeersupport.jp/wp-content/uploads/2012/05/3.jpg" alt="" /><br />
さて、今度は助けを求めて、ピアサポートのプログラムにやってきたとします。そこではお互いを診断評価をするのではなく、お互いのことを知り合います。人生の全体について、ストーリーを語り合い、たぶん診断名も教えあうでしょう。私たちはその言葉で話すようになっているので。いい感じになります。ですが、私たちのどちらかが、おかしな行動をし始めると一変します。誰かが困難な状況に陥って、私たちを怖がらせると、突如、診断評価モードに入ってしまいます。そうして、「ねえねえ、スティーブンの行動、最近おかしいよね。ケアマネジャーに連絡すべきだろうか？」こういう会話がなされます。誰かの居心地が悪くなると、たいてい、こうなります。それが私には気がかりです。というのは、誰もが元気でというか、”症状”の管理が出来ている間はよいのですが、物事が混乱しはじめると、自分たちにされたような行動をし始めます。それが気がかりです。私にはそれは助けになるとは思えないからです。それが私たちのやりたいことではないと思います。ピアが運営するクライシス代替プログラムをしていて、それは私たちが望むやり方ではないことは明らかでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それはそうと、このようなダンスがはじまって、「もし間違ったことを言ったらどうしよう」と心配し、それでこの質問が出てきます。「身の安全は大丈夫？」「安全の契約にサインしますか？」このような安全の責任をめぐる質問をして、パワーの駆け引きをし始め、しないようにしていた医学的な分析をし始めます。そうして、これまで築いてきたピアの関係性はもはや、対等な関係ではなくなります。スタッフとメンバー、支援者と利用者、昔と全く同じ話です。お互いに助けるのではなく、誰かが病気か病気じゃないかという思い込みが始まります。<br />
このパワーの駆け引きをしっかりと意識していることが大事です。どうすれば違った会話に立ち戻ることができるでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>４．相互に責任を担う関係性のストーリーが出来る過程</h2>
<p><img src="http://intentionalpeersupport.jp/wp-content/uploads/2012/05/4.jpg" alt="" /><br />
助けを求めて、ピアサポートにやってきます。同じプロセスです。お互いの話を聴き、お互いのことを知り、あなたがつらいときに一緒に恐れに向き合い、お互いにこういうようなことを伝え合います。「あなたがこぶしで壁を叩いているのを見ると、とっても怖くなります。あなたと一緒に居ることはできるけれど、手の骨が折れるんじゃないかと思うと、その場に集中して居ることが難しいんです。」こういう会話をお互いにすることができます。そうして、一緒に恐れと向き合います。お互いのことを診断評価するのではなく。私たちは助けに関する責任を外部の専門家たちにゆだねるのではなく、自分たちの関係のなかにおいておきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように一緒に困難に向き合い、交渉し、パワーについて語り、衝突と安心･安全について語ります。そして、どちらもが会話にとどまっていることができるよう、どうしたら安心できる関係をつくれるだろうかを話し合います。どちらもが力を注ぐ関係であるために、お互いにどうすることができるだろうかを話します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これは私の理論です。同意すかどうかは自由です。もし、大雑把な意味で、精神の病というものがあるとしたら、これはつながりの断絶に関することだと信じています。よい表現がないのでこういう言い方をしますが、現実から離れていて、かつ、つながりを保つことは出来ないと思います。なので人と人とのつながりについて考えたいと思います。交渉、パワーの駆け引き、より深い関わりの在り方であること、それらが私たちの取り組みの核になることです。</p>
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		<title>シェリー･ミードIPSワークショップ: ストーリーが出来るまで【動画】</title>
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		<pubDate>Thu, 03 May 2012 12:36:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → こちらのページで閲覧できます。】]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/22-2/" title="シェリー･ミードIPSワークショップ(2/3): ストーリーが出来るまで【文字起こし】">こちらのページ</a>で閲覧できます。】</p>
<p><iframe width="640" height="480" src="http://www.youtube.com/embed/qI4IvsaBfCM?rel=0&#038;showinfo=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
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		<title>シェリー･ミードIPSワークショップ: ピアサポートの独自性【文字起こし】</title>
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		<pubDate>Wed, 02 May 2012 12:48:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文字起こし]]></category>

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		<description><![CDATA[【この文章の元になった講演の動画は → こちらのページで視聴できます。本文はワークショップの文字おこしの翻訳に若干の修正を加えたものです。】 &#160; 今がその時です。このような会話をするための基盤は作られました。私の人生において、どのような助けやコミュニティを望んでいるのかについて声をあげ、それを作り出すことが、今ほど重要な意味を持つときはありませんでした。これは私たちの全てが取り組むことです。口にしたことを実践し、やりながら練習し、サービスのなかにも実践を取り入れることがが求められています。ピアサポートの実践の基準を作り、研究のための方法論を構築することも。そうして共通の語りができるようにするためにです。既存のサービスの代替になるものを作り出すのは私たちです。援助とは根本的に異なる関わり方をし、人々が自然なサポートを再び作り始めることが出来るようにするのです。精神保健サービスによって損なわれたコミュニティを再構築するのです。 家族に代々伝わってきているトラウマの経験が与える、深遠で否定的な影響について多くを学ぶにつれ、家族を含む社会システムの多くは、“トラウマによって組織されている”ということが見えてきます。これは、個人にとって、家族にとって、より大きな社会的なグループにとって、繰り返されるトラウマの経験が、その中核となって全体を取り仕切るような経験になっているということです。種としての私たちの発展は、世代をまたがるトラウマによる試練に深く影響を受け、健康であるというのはどのようなことかがわからなくなっています。Bloom, S., (1995). Creating Sanctuary in the School. Journal for a Just and Caring Education I (4): 403-444. これはサンディ･ブルームという人の論文からの引用です。私が大学院で学んでいたときに出会った人ですが、治療についての反動的な運動に関するすばらしい論文を書いています。彼女は社会精神医学の初期のころの人で、精神医学が人々に及ぼしてきた危険な側面について論じています。このスライドを読み上げることはしません。このスライドが示唆するように、これまで援助の名の下に提供されてきたことは、必ずしも助けになっていないということについて、話を始めたいと思います。援助は関係性に目を向けず、コミュニティを作ることの助けには必ずしもなっていません。 &#160; では、どうしたら違った在り方ができるのかを今日みなさんとお話したいと思います。ピアサポートを意図的で焦点の定まったものにするためにです。私たちは、それぞれニーズや望みも違うし、住んでいるところも働いている地域も違います。ですが基本的な考え方に同意して、お互いにサポートすることはできるでしょう。ピアサポートを自分たちのものにし、自分たちの知識にすることです。それは何か一つのモデルを制定しようというのではありません。それは私の関心事ではありません。ピアサポートが全国的に大きな現象となっている今、ピアサポートを際立たせていることは何か、ピアサポートをユニークで独自のものとしているのは何かを考えるときだと思います。そして助けという概念、それが私たちに何を意味しているのかを考え直すことです。 &#160; ピアサポートの独自性  “医学的な解釈”を持ち込まずに、お互いの経験について理解を深める。  その人の人生に影響を与えている背景の全体について理解を深める。お互いのストーリーが開かれるような聴き方をする。  診断や評価するのではなく、お互いの経験の目撃者として、その場に居ること。  自分たちにされたことをしているとき、そのことについてチャレンジし合う。  問題の本質はどこにあるのかを見極める。 “医学的な解釈”を持ち込まずに、お互いの経験について理解を深める。 まず第一に、ピアサポートは医療の観点からすることではありません。それは私たちのバックグランドではないし、私たちはそのようなトレーニングも受けていません。おそらく私たちの関心事ではありません。 &#160; その人の人生に影響を与えている背景の全体について理解を深める。お互いのストーリーが開かれるような聴き方をする。 医学的観点を持ち込まないことで、人々の生きる在り方の全般にわたる文脈への理解を深めることが出来るでしょう。どのようにして、ある考え方をするようになったのかに思いをめぐらせます。単に文化や性別だけではなく、経験を意味づけの仕方に影響を与えている全ての側面に目を向けます。私たちは自分が語るストーリーによって、自分にとっての現実を作り出します。自分に言い聞かせているのです。そう思いませんか？いろいろなストーリーを聴き、ストーリーを広げ、ストーリーを進化させるように、お互いの話を聴きます。共通の特性があるわけではありません。違った聴き方をすることでお互いの助けとなることが大切なのです。それは語られていないストーリーが開かれ、経験の本質に迫るような聴き方です。どのようにして、そう思うようになったのか、そのような意味づけの仕方をするようになったのかが現れてくるような聴き方です。 &#160; 診断や評価するのではなく、お互いの経験の目撃者として、その場に居ること。 ３つ目の点は、簡単そうに聞こえるけれど、実践するのはとても難しいことです。これまでピアサポートでは、お互いのストーリーを聴くことについて、審判を下さないこと、人のために物事を決めないなど、よい働きをしてきたと思います。ピアの運動は自己決定、各自の選択を尊重するという点で功績がありました。ですが、難しい状況になると、ピアプログラムの人たちの間でも、お互いを診断評価するダンスが始まることに気がつきました。「薬はちゃんと飲んでるの？」というような会話をピアセンターで耳にします。こういう会話がなされるのは、私たちがおびえを感じるときです。これについては後ほど話をしたいと思います。相手の人のストーリーの目撃者となり、語られていないストーリーが開かれるような聴き方をすること、そして、人のことを直そうととせず、ただその場に一緒に居ることは、たやすいことではありません。 &#160; 自分たちにされたことをしているとき、そのことについてチャレンジし合う。 直そうとせず、問題解決志向に入りこんでいないかを意識した関わり方をしていると、お互いに挑むことができます。ピアサポートの知識を構築して、助けについて新たな在り方の経験を積み重ねることで、「薬を飲みなさいと言われると、ピアの関係でないように思えるのだけれど。権威的に聞こえて診断評価されているように感じるんだ。」ということをお互いに伝えることができるようになるでしょう。 &#160; 問題の本質はどこにあるのかを見極める 最後に、人を問題としてみるということ、問題を持った人としてみることについてです。精神保健の会話は、全て問題に関することで問題にだけ焦点があたっています。「問題にどう対処している？」「問題をどう取り扱っている？」「あなたの問題はどんなこと？」という問題の会話に飽き飽きしてませんか？結局のところ、問題はその人ではなく、その人の置かれている文脈や、その人がどのような経験をしてきたかということに関わっていると思います。私たちがサポートをしあう、その仕方にあるのだと。私たちが、自分はどんな人だと思い、どのように世界と関わるようになったのか、それを形作る出来事に関心を寄せるべきだと思います。 率直なところ、個人を問題と観るのではなく、問題を文脈から捉えたとしたら、このような精神医療サービスは要らなくなり、診療報酬を決めて、保険会社が誰がいつどのようなサービスが必要かを定める必要はなくなるでしょう。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この文章の元になった講演の動画は → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/21/">こちらのページ</a>で視聴できます。本文はワークショップの文字おこしの翻訳に若干の修正を加えたものです。】</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今がその時です。このような会話をするための基盤は作られました。私の人生において、どのような助けやコミュニティを望んでいるのかについて声をあげ、それを作り出すことが、今ほど重要な意味を持つときはありませんでした。これは私たちの全てが取り組むことです。口にしたことを実践し、やりながら練習し、サービスのなかにも実践を取り入れることがが求められています。ピアサポートの実践の基準を作り、研究のための方法論を構築することも。そうして共通の語りができるようにするためにです。既存のサービスの代替になるものを作り出すのは私たちです。援助とは根本的に異なる関わり方をし、人々が自然なサポートを再び作り始めることが出来るようにするのです。精神保健サービスによって損なわれたコミュニティを再構築するのです。</p>
<blockquote><p>家族に代々伝わってきているトラウマの経験が与える、深遠で否定的な影響について多くを学ぶにつれ、家族を含む社会システムの多くは、“トラウマによって組織されている”ということが見えてきます。これは、個人にとって、家族にとって、より大きな社会的なグループにとって、繰り返されるトラウマの経験が、その中核となって全体を取り仕切るような経験になっているということです。種としての私たちの発展は、世代をまたがるトラウマによる試練に深く影響を受け、健康であるというのはどのようなことかがわからなくなっています。Bloom, S., (1995). Creating Sanctuary in the School. <em>Journal for a Just and Caring Education</em> I (4): 403-444.</p></blockquote>
<p>これはサンディ･ブルームという人の論文からの引用です。私が大学院で学んでいたときに出会った人ですが、治療についての反動的な運動に関するすばらしい論文を書いています。彼女は社会精神医学の初期のころの人で、精神医学が人々に及ぼしてきた危険な側面について論じています。このスライドを読み上げることはしません。このスライドが示唆するように、これまで援助の名の下に提供されてきたことは、必ずしも助けになっていないということについて、話を始めたいと思います。援助は関係性に目を向けず、コミュニティを作ることの助けには必ずしもなっていません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>では、どうしたら違った在り方ができるのかを今日みなさんとお話したいと思います。ピアサポートを意図的で焦点の定まったものにするためにです。私たちは、それぞれニーズや望みも違うし、住んでいるところも働いている地域も違います。ですが基本的な考え方に同意して、お互いにサポートすることはできるでしょう。ピアサポートを自分たちのものにし、自分たちの知識にすることです。それは何か一つのモデルを制定しようというのではありません。それは私の関心事ではありません。ピアサポートが全国的に大きな現象となっている今、ピアサポートを際立たせていることは何か、ピアサポートをユニークで独自のものとしているのは何かを考えるときだと思います。そして助けという概念、それが私たちに何を意味しているのかを考え直すことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote>
<h2>ピアサポートの独自性</h2>
<ul>
<li> “医学的な解釈”を持ち込まずに、お互いの経験について理解を深める。</li>
<li> その人の人生に影響を与えている背景の全体について理解を深める。お互いのストーリーが開かれるような聴き方をする。</li>
<li> 診断や評価するのではなく、お互いの経験の目撃者として、その場に居ること。</li>
<li> 自分たちにされたことをしているとき、そのことについてチャレンジし合う。</li>
<li> 問題の本質はどこにあるのかを見極める。</li>
</ul>
</blockquote>
<p><strong>“医学的な解釈”を持ち込まずに、お互いの経験について理解を深める。</strong><br />
まず第一に、ピアサポートは医療の観点からすることではありません。それは私たちのバックグランドではないし、私たちはそのようなトレーニングも受けていません。おそらく私たちの関心事ではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>その人の人生に影響を与えている背景の全体について理解を深める。お互いのストーリーが開かれるような聴き方をする。</strong><br />
医学的観点を持ち込まないことで、人々の生きる在り方の全般にわたる文脈への理解を深めることが出来るでしょう。どのようにして、ある考え方をするようになったのかに思いをめぐらせます。単に文化や性別だけではなく、経験を意味づけの仕方に影響を与えている全ての側面に目を向けます。私たちは自分が語るストーリーによって、自分にとっての現実を作り出します。自分に言い聞かせているのです。そう思いませんか？いろいろなストーリーを聴き、ストーリーを広げ、ストーリーを進化させるように、お互いの話を聴きます。共通の特性があるわけではありません。違った聴き方をすることでお互いの助けとなることが大切なのです。それは語られていないストーリーが開かれ、経験の本質に迫るような聴き方です。どのようにして、そう思うようになったのか、そのような意味づけの仕方をするようになったのかが現れてくるような聴き方です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>診断や評価するのではなく、お互いの経験の目撃者として、その場に居ること。</strong><br />
３つ目の点は、簡単そうに聞こえるけれど、実践するのはとても難しいことです。これまでピアサポートでは、お互いのストーリーを聴くことについて、審判を下さないこと、人のために物事を決めないなど、よい働きをしてきたと思います。ピアの運動は自己決定、各自の選択を尊重するという点で功績がありました。ですが、難しい状況になると、ピアプログラムの人たちの間でも、お互いを診断評価するダンスが始まることに気がつきました。「薬はちゃんと飲んでるの？」というような会話をピアセンターで耳にします。こういう会話がなされるのは、私たちがおびえを感じるときです。これについては後ほど話をしたいと思います。相手の人のストーリーの目撃者となり、語られていないストーリーが開かれるような聴き方をすること、そして、人のことを直そうととせず、ただその場に一緒に居ることは、たやすいことではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>自分たちにされたことをしているとき、そのことについてチャレンジし合う。</strong><br />
直そうとせず、問題解決志向に入りこんでいないかを意識した関わり方をしていると、お互いに挑むことができます。ピアサポートの知識を構築して、助けについて新たな在り方の経験を積み重ねることで、「薬を飲みなさいと言われると、ピアの関係でないように思えるのだけれど。権威的に聞こえて診断評価されているように感じるんだ。」ということをお互いに伝えることができるようになるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>問題の本質はどこにあるのかを見極める</strong><br />
最後に、人を問題としてみるということ、問題を持った人としてみることについてです。精神保健の会話は、全て問題に関することで問題にだけ焦点があたっています。「問題にどう対処している？」「問題をどう取り扱っている？」「あなたの問題はどんなこと？」という問題の会話に飽き飽きしてませんか？結局のところ、問題はその人ではなく、その人の置かれている文脈や、その人がどのような経験をしてきたかということに関わっていると思います。私たちがサポートをしあう、その仕方にあるのだと。私たちが、自分はどんな人だと思い、どのように世界と関わるようになったのか、それを形作る出来事に関心を寄せるべきだと思います。 率直なところ、個人を問題と観るのではなく、問題を文脈から捉えたとしたら、このような精神医療サービスは要らなくなり、診療報酬を決めて、保険会社が誰がいつどのようなサービスが必要かを定める必要はなくなるでしょう。</p>
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		<title>シェリー･ミードIPSワークショップ: ピアサポートの独自性【動画】</title>
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		<pubDate>Tue, 01 May 2012 12:36:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → こちらのページで閲覧できます。】]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【この講演の内容を文字に起こしたものが、 → <a href="http://intentionalpeersupport.jp/21-2/" title="シェリー･ミードIPSワークショップ(1/3): ピアサポートの独自性【文字起こし】">こちらのページ</a>で閲覧できます。】</p>
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